生態学者・伊藤嘉昭伝 もっとも基礎的なことがもっとも役に立つ

2017年 2月 25日

生態学者・伊藤嘉昭伝 もっとも基礎的なことがもっとも役に立つ

辻 和希 編集
A5判・上製本・432頁
定価(本体4,600円+税)
ISBN978-4-905930-10-5
発行予定 2017年3月21日
  
100回笑わせ 100回泣かせます
本書は生態学界の「革命児」伊藤嘉昭博士(1930-2015)の55人の証言による伝記である。この一冊で戦後日本の生態学の表裏の歴史が眺望できる科学史資料となっている。東京農林専門学校卒で「大学を出ていない」伊藤は,日本の生態学の近代化と国際化に貢献した戦後最大の立役者である。沢山の教科書を書き,沢山の国内外の研究者と交流し,沢山の弟子を育てた。その指導方針は「英語で国際誌に論文を書き続けよ」だった。今からみれば単純すぎるこの方針は,やがて進化生態学という「黒船」の襲来でパラダイム転換を果たし,遅ればせながら国際的研究の表舞台に合流することになる。当時「鎖国状態」の日本の生態学界においては,ある種の「踏み絵」だったのだ。伊藤には活発な社会運動家としての一面もあった。農林省入省直後の1952年にメーデー事件の被告となり無罪が確定するまで17年間公職休職となるも,不屈の精神で名著『比較生態学』を書き上げた。農林省農業技術研究所,沖縄県農業試験場,名古屋大学,沖縄大学と50年にわたる研究生活のなかで,個体群生態学,脱農薬依存害虫防除,行動生態学,山原生物多様性保全と,近代化された生態学の新時代の研究潮流をつねに創り続けた。伊藤の研究テーマの変遷は戦後社会を映す鏡でもある。その背中は,激しく,明るく,楽しく,そして悲しい。研究者志望の若者よ。これが昭和の快男児の研究者人生だ。

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目 次

 第一部 農研時代
 
1 中村 和雄 … 農業技術研究所時代の伊藤さん
2 正木 進三 … 伊藤嘉昭さんの思い出
3 塩見 正衞 … 昆虫個体数の空間分布と生態システムの管理
4 冨山 清升 … 伊藤嘉昭さんにまつわる思い出
5 志賀 正和 … 伊藤さんのこと- 断片的な記憶から

 第二部 沖縄県時代 

6 小山 重郎 … 沖縄県農業試験場時代の伊藤嘉昭さん
7 与儀 喜雄 … ウリミバエ根絶の恩人を偲ぶ
8 松井 正春 … 大いなるチャレンジャー
9 金城 邦夫 … 気遣い屋さんだった伊藤さん
10 佐渡山 安常 … 君には無理だな
11 藤崎 憲治 … 害虫根絶に関する新たな洞察 -レジェンドとしての伊藤さんを超えて
12 小山 重郎 … ほめられて,叱られて
13 守屋 成一 … 生身の伊藤さん
14 小濱 継雄 … 傍らで見ていた伊藤さん
15 宮竹 貴久 … 伊藤さんが歩いた道  

 第三部 名古屋以降 

16 辻 和希・粕谷 英一 -名古屋大学就任以降の伊藤さん
17 大崎 直太 … 純な魂に
18 中筋 房夫 … 大学には御用納めは無いのかい?
19 齋藤 哲夫 … 反骨でない伊藤助教授 
20 椿 宜高 … ギフチョウ卵塊産卵の謎-伊藤さんが論理矛盾に気づいた日
21 安田 弘法 … 伊藤先生と過ごした日々-昭和の快男児から学んだこと
22 田中 幸一 … 伊藤さんとクモの糸に導かれた生態学研究
23 中牟田 潔 … お茶目で寂しがり屋の伊藤嘉昭さん
24 小野 知洋 … 大発見,おめでとう
25 藤田 和幸 … ある本の出版のこと
26 辻 和希 … 名大伊藤スクールへのレクイエム
27 粕谷 英一 … 指導教官と論争する
28 田中 嘉成 … 稀有な自由人 伊藤先生を偲んで
29 濱口 京子 … やめたいと相談した日
30 村瀬 香 … 学生思いの伊藤先生
31 栗田 博之 … サルに詳しい必要はない。生態学を勉強しろ
32 市岡 孝朗 … 伊藤嘉昭さんとの思い出 
33 長谷川 寿一・長谷川 眞理子 … 伊藤嘉昭先生の思い出
34 太田 英利 … 公式にはほとんど接点のなかった私を,折に触れ鍛えてくださった伊藤嘉昭さん 
35 桑村 哲生 … カショウさんとの出会い
36 松沢 哲郎 … 『社会生物学』を翻訳して比較認知科学へゆく

 第四部 著作活動 

37 松本 忠夫 … 伊藤先生が出された単行本と私の思い出
38 嶋田 正和 … 生活史の進化から昆虫の社会生物学へ
        -血縁選択と群れの社会進化をめぐる伊藤嘉昭の概念深化
39 生方 秀紀 … 北国から見た「種社会学」から社会生物学へのパラダイム・シフト 
40 竹田 真木生 … アメシロ研究会とカショーさん 
41 藤岡 正博 … 『比較生態学』に学んだ一生態学徒の覚書
42 齊藤 隆 … 伊藤さんの青空  
43 石谷 正宇 … 私はウリミバエの研究者ではない-伊藤嘉昭先生の追悼に代えて
44 佐倉 統 … 巨人の足跡の中で-伊藤嘉昭さんの思い出

 第五部 比較生態学とその周辺

45 鈴木 邦雄 … 一比較形態学・系統分類学徒にとっての伊藤嘉昭博士と『比較生態学』

 第六部 ハチ研究

46 山根 爽一 … 伊藤嘉昭さんとカリバチの社会進化
47 土田 浩治 … プレベイアーナチビアシナガバチの社会
48 工藤 起来 … 伊藤さんとのブラジル滞在とアシナガバチ
49 N・ピアス … 本当に悲しいお知らせです
50 R・ガダカール … 伊藤嘉昭=僕らの時代のヒーロー
51 M・J・ウエスト-エバーハード … 尊敬する研究仲間で友達の伊藤嘉昭さんを偲んで

 第七部 伊藤さんの思想

52 岸 由二 … 嘉昭さん応答せよ
53 山根 正気 … 伊藤嘉昭さんの人間観
54 中村 浩二 … 50年前の個体群生態学会と伊藤嘉昭さん
55 伊藤 道夫 … 父との思い出
56 長谷川 眞理子 … 楽しき挑戦
57 伊藤 綾子 … 回想録

引用文献
事項索引
人名索引

訂正
p. 268, L. 3 に「イ・ビュンフン教授も亡くなった」とありますが、イ教授は御存命でした。訂正するとともに、イ教授御本人ならびに読者のみなさまに深くおわび申し上げます。
誤りを御指摘くださった山根正気さんに御礼申し上げます。(佐倉統)

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野外鳥類学を楽しむ

2016年 10月 23日

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上田恵介 編
A5判・上製本・418頁
定価(本体4,200円+税)
ISBN978-4-905930-83-9
発行予定 2016年11月15日

鳥類研究のメッカ,上田研究室の歩み

鳥のオスはなぜきれいなのか?
他人の巣に卵を産む鳥はどう進化したのか?
鳥の声は何を伝えているのか?
 鳥たちに関する不思議や素朴な疑問,立教大学上田研究室はこうした疑問にこたえるために全国から集まった鳥類学を志す若者たちの梁山泊でした。キーワードはフィールドワーク。北海道から沖縄まで,そしてオーストラリアからニューカレドニアへと,日本国内だけにとどまらず。世界のさまざまなフィールドで鳥たちの行動や生態を追った気鋭の若手研究者の貴重な成果がここに凝集されています。
 行動学や生態学は欧米ではメジャーな学問分野です。しかし日本では,すぐに成果につながらない基礎研究はずっと軽視され続けて来ました。その意味で,立教大学に上田研究室という鳥類学の研究室が存在したことの意義は大きい。
 この本には上田研究室にいた若い研究者たちが,この四半世紀になしとげた野外鳥類学の貴重な成果が集められています。鳥類学ばかりではなく,行動学,生態学を志す若い研究者には必読の書です。

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目 次

1 ルリビタキを中心とした富士山での長期野外研究
  - その背景にある上田研究室の歴史-(森本 元)
  はじめに 
  上田研究室,その歴史
  研究者を目指すなら
  上田恵介の「ええんちゃう」
  富士山での長期研究とルリビタキのオス間闘争
  おわりに

2 メボソムシクイの研究と私と上田先生
  - 上田研で過ごした思い出- (齋藤武馬)
  はじめに
  悩んだ研究テーマ
  メボソムシクイの分類の研究
  苦戦した博士号の取得
  学生の面倒見のよい上田先生
  おわりに

3 人為的な環境,水田におけるゴイサギの生態 (遠藤菜緒子)
  はじめに 
  水田における人の営み
  調査地である津軽平野南部の水田環境
  津軽平野南部で分かったゴイサギの生態
  ゴイサギの生息状況
  ゴイサギの採食生態と水田の生物たち
  上田研での研究
  野外調査編
  研究室編
  ゴイサギの採食場所決定要因
  おわりに

4 ジュウイチのヒナの騙し戦略と感覚生態学(田中啓太)
  はじめに 
  黎明
  ジュウイチとの出会い
  研究開始
  山口さんとの出会い
  実験をする勇気
  ISBE in Jyväskylä(ユヴァスキュラ)
  研究の成就
  感覚生態学の夜明け- 上田研編
  いざ,聖地ケンブリッジへ
  感覚生態学に本格参入
  鳥たちが見ている「異次元」の色
  未来へ!
  自由が生かす運
  おわりに

5 コヨシキリのオスの配偶戦術 (濱尾章二)
  プロローグ- 査読者からの手紙 
  荒川河川敷のコヨシキリ
  意外なものまね鳥
  さえずったり,さえずらなかったり
  婚姻システム
  おもしろく,大きな疑問
  つがい外受精
  時間とともに変化するオスの労力配分
  お父さんの仕事
  論文にせなあかん

6 ツミの巣の周りで繁殖するオナガの生態と行動
   - 「朝飯前鳥類学」のすすめ-(植田睦之)
  はじめに
  まずはツミを見る
  仕事をしながらの研究
  オナガの利益を野外実験で確かめる
  多少無理してもツミのそばが良い?
  繁殖時期はツミ次第
  楽までできるツミの巣の周りのオナガ
  明らかにできなかったこと
  変わりゆくツミの繁殖状況
  時代にあわせて変わるオナガ
  なぜオナガだけが?
  おわりに

7 太平洋の孤島,小笠原でのオオコウモリ研究(杉田典正)
  はじめに 
  コウモリ
  オオコウモリ
  オガサワラオオコウモリ
  オガサワラオオコウモリのねぐらの季節変化と繁殖サイクルの関係
  コウモリだんごの保温と配偶機会への役割
  コウモリだんごと気温の関係
  コウモリだんごと配偶システムの関係
  おわりに

8 オオセッカの同種誘引- 行動学的視点で繁殖分布の謎に迫る- (高橋雅雄)
  はじめに
  オオセッカの魅力と謎
  オオセッカとの出会いと研究の始まり
  野外調査の妙技- 観察と巣探し
  オオセッカの巣の形態と営巣環境
  3タイプの巣の意義
  オオセッカが集まる行動学的メカニズム
  検証実験の手法
  同種誘引による繁殖地新設
  おわりに 

9 カラ類の音声研究10年間の軌跡(鈴木俊貴)
  はじめに
  野外研究の幕開け
  カラ類との出会い
  初めてのフィールドワーク- コガラが餌場で鳴く理由
  利他的に見えるコガラの行動
  やはり群れを餌場に呼んでいる?
  混群に参加することのメリット
  餌場に仲間を集めるメリット
  上田恵介先生との出会い
  上田研究室へ
  シジュウカラの音声研究,最悪の幕開け
  ヘビの存在を示す声
  巣箱の改良
  シジュウカラの警戒声- 捕食者の種類をヒナに伝える
  つがい相手にも捕食者の種類を伝える
  その後の研究
  おわりに

10 スズメプロジェクト- スズメ研究誕生の裏話とその広がり-(三上 修)
  はじめに
  立教大学の雰囲気  
  鳥の研究では昆虫の研究には敵わない?
  打算的な精神から生み出された無邪気なスズメ研究
  スズメ研究がウケタ!
  上田研の一日,そしてワイン事件
  スズメプロジェクトの誕生
  スズメ研究の波及効果
  上田研で学んだこと
  おわりに

11 河川の鳥たちのご近所づきあい- 鳥との関係,人との関係-(笠原里恵)
  はじめに
  河川と人とのつながり
  信州大学教育学部生態学研究室
  川の漁師,小さなカワセミと大きなヤマセミの棲み分け
  親鳥たちの子育てメニューを知る方法
  ヤマセミと釣り人の関係
  砂礫地の忍者,イカルチドリとコチドリ,ときどきイソシギ
  イカルチドリとコチドリと河原の人々
  おわりに

12 島はやっぱり面白い- 南大東島の自然と鳥-(松井 晋)
  はじめに
  太平洋に浮かぶ大東諸島
  南大東島の気候と台風
  南大東島の開拓の歴史
  南大東島の動物相
  いくつかの新しい発見
  おわりに

13 テリカッコウとその宿主の托卵を巡る攻防(佐藤 望)
  はじめに
  カッコウの托卵
  托卵を巡る共進化
  カッコウの托卵の謎
  カッコウ以外のカッコウ類の異なる共進化パターン
  研究のきっかけ
  ダーウィンでの生活スタート
  托卵された巣の発見
  宿主によるヒナ排除の発見
  大学院に進学
  卵をあえて受け入れている?
  舞台はニューカレドニアへ
  ニューカレドニア調査
  カレドニアセンニョムシクイのヒナの色
  おわりに 

14 ヤブサメの複雑な隣人関係(上沖正欣)
  はじめに
  ヤブサメの夜鳴きに惑わされた学部~修士時代
  難しい調査地選定
  北の大地での新たなスタート
  巣探しに翻弄された野外調査
  ヤブサメの複雑な隣人関係に巻き込まれた博士課程
  鳥のペアは複雑な事情を抱えた仮面夫婦
  見えない血縁関係を見たい
  DNA解析から見えてきたヤブサメの複雑な隣人付き合い
  おわりに
    コラム ツツドリに騙されたヤブサメと私

15 南の島巡りで見つけたクサトベラの変わった種子散布戦略(栄村奈緒子)
  はじめに
  種子散布
  クサトベラ- 種子散布に関わる果実の二型
  クサトベラとの出会いから研究テーマの設定まで
  島巡り調査- 海岸タイプごとの二型の出現頻度の違い
  果実二型の種子散布能力の違いを調べる試み
  おわりに
    コラム 研究室に住むウズラ「うっずー」

16 両親で子育てをするモズの繁殖生態を追う
   - 親鳥と巣を襲う捕食者の戦い-(遠藤幸子)
  はじめに  
  オスもメスも子育てをするモズ
  調査地軽井沢
  モズの繁殖を追いかける  
  植物の棘を利用して,捕食回避?
  巣に近づくときは慎重に
  新たな研究テーマとの突然の出会い
  おわりに

17 キビタキの生態研究(岡久雄二)
  はじめに
  世界から見たキビタキの位置づけ
  富士山でのキビタキの調査
  キビタキの繁殖生態
  論文執筆と海外からの反応
  キビタキの羽色の研究
  未解明の研究課題
  おわりに

18 糞や葉に化けるアゲハチョウ- 鳥の目を欺く昆虫-(櫻井麗賀)
  はじめに
  捕食者としての鳥
  昆虫の体色
  研究仲間
  ナミアゲハの幼虫の体色変化
  さなぎの捕食回避戦略
  アオスジアゲハの幼虫
  アオスジアゲハのさなぎ
  ミカドアゲハのさなぎ
  おわりに

19 巣箱を使う鳥たちの観察:大潟村の樹洞営巣性鳥類
   その1.  スズメの研究- 孵化しない卵の謎-(加藤貴大)
  はじめに
  上田研究室に入った理由
  都市のスズメの巣はどこ?
  新調査地「秋田県大潟村」
  大潟村の鳥たち
  スズメの未孵化卵の謎
  胚の死亡率の性差
  巣箱による繁殖密度の操作
  卵が胚発生しない原因
  おわりに

20 巣箱を使う鳥たちの観察:大潟村の樹洞営巣性鳥類
   その2.  アリスイとアリの研究(橋間清香)
  はじめに
  初めてのフィールドワーク!
  アリスイはアリの種類を選んでいるのか
  野外調査の楽しみ,苦労
  上田先生,研究室の思い出
  おわりに

21 オオルリの繁殖生態と美しい構造色の羽(徐 敬善)
  はじめに
  軽井沢のオオルリの繁殖生態
  メスの美しい鳴き声は悲しい泣き声
  軽井沢でオオルリの野外調査
  野外調査の楽しみ
  美しい構造色の羽
  羽の構造と構造色の羽のナノ構造
  おわりに

引用文献
あとがき
索 引


予備校講師の 野生生物を巡る旅

2016年 7月 22日

79 野生生物72

汐津美文 著
B6判・並製本・160頁
定価(本体1,800円+税)
ISBN978-4-905930-87-7
発行 2016年7月27日

著者紹介

1982年 九州大学大学院理学研究科博士課程修了。理学博士。
大学院在学中は昆虫の個体群生態学,行動生態学を研究。
現在 学校法人河合塾開発研究職,生物科講師。高校教科書分析,テキストや模試問題の作成,映像授業などに関わる。  
 趣味は秘境旅行,スキューバダイビング。野生動物に出会う旅にハマっている。

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予期せぬ出会いの感動
生物はこんなに面白い

河合塾という予備校で生物を教えています。生物という科目は講師が少ないこともあって,授業だけではなく,テキストの作成や模擬試験の問題づくり,高校教科書の分析や大学入試問題の解答作成など,さまざまなことをやっています。これらの仕事が重なり,ほとんど休日のない状態が続いたことがありました。そのあと10日ほどの休みをいただき海外旅行をすることにしました。行先はケニアとタンザニア。夢にまで見たアフリカの野生動物に会って,心身ともにリフレッシュしようと考えたのです。20年も前のことでした。
地平線まで続く草原にはヌーやシマウマ,トムソンガゼルなどの群れが見えます。アカシアの林の向こうにはキリンが上半身をのぞかせています。ライオンやチーターを探してのサファリドライブは否が応にも期待感が高まります。強い日差し,サバンナを渡る風の心地よさ,草の匂い。このときのことは今でもはっきりと覚えています。
帰国後,生徒を集めて写真を見せながら報告会をしました。アンケート用紙に動物のイラストを描いてくれた生徒,「先生楽しそう,授業と全然顔つきが違う」という感想を書いてくれた生徒もいました。「授業の時間内で入試生物の全てを教えるのは大変なんだよ」と言い訳の一つもしたいのですが,こんなにたくさんの生徒が,授業ではほとんど話すことができない野生動物の生活や社会構造に興味をもっているとは。これはちょっと驚きでした。それから,年に1~2回,半ば強引に1週間から10日の休暇を取り,野生動物に会いに行く旅が始まりました。
「進化の箱舟」と呼ばれるマダガスカル島は,日本の1.6倍の面積をもつ世界で4番目に大きな島です。東部に広がる熱帯雨林,バオバブが見られる西部の乾燥地帯,南部には世界でもほとんど類のない乾性有棘林が発達するなど多様な生態系を有しています。森林の多くは人々の活動によって失われましたが,それでもキツネザルやカメレオンなどの固有種の数は圧倒的です。マダガスカルでは期待に違わず多くの珍しい生物との出会いがありました。
インドを訪れた第一の目的はベンガルトラに会うことでした。インド中央部に位置するバンダウガル国立公園はちょうど乾季にあたり,雨緑樹林では日本の秋を思わせる落葉が始まっていました。森林の中で動物を見つけるのは,草原で動物を見るのとは比べものにならないくらい困難なことです。なんとかベンガルトラに会うことはできましたが,トラの生息数は人口増加のために激減しているようです。ヒトとトラとの共存をどう考えていくのか,重い課題を与えられた旅になりました。
ボルネオ島には世界一の樹高を誇るフタバガキの熱帯雨林が広がっています。日本からの距離が近いので,日本発の多くのツアーが組まれており,簡単に訪れることができます。本来,森林の動物は観察が非常に難しいのですが,ここでもアブラヤシのプランテーションのためにわずかの川岸林を残して森林伐採が進んでおり,野生動物は川岸林に逃げ込んで密度が高くなっています。現地で開催されているエコツアーに参加すると,ボルネオの固有種であるオランウータンやテングザルに比較的簡単に出会うことができました。世界最大の花であるラフレシアを見ることができたのも幸運なことでした。
スキューバダイビングのCカード(認定証)を取得してフィリピンやパラオの海に潜りました。海の中にも多種多様な動物が生息しています。ウミヘビやカレイやミノカサゴなどさまざまな動物に「擬態する」と言われているミミックオクトパス,生きた化石オウムガイ,雄から雌に性転換するクマノミ類などなど。その生活は陸上の生物にもまして驚異に満ちていました。
地球上には多くの生物が共存し多様な生活を営んでいます。生物の面白さはその多様性にあると言っても過言ではありません。生物の長い歴史のなかで,生物は同種あるいは他種との相互作用や取り巻く環境の影響により進化してきました。生物の多様性はそれぞれの種が進化してきた歴史に裏付けられています。
例えば,ライオンでは「子殺し」という行動が普遍的に見られます。ライオンの社会構造の研究によって,この一見不利益となる「子殺し」の意味を説明できるようになりました。体の大きなサバンナゾウは捕食者に対しては無敵です。しかし,体重を支えるために脚の骨はかなり無理を強いられています。その証拠に大型の肉食獣がいない小島では子馬ほどの大きさになっていたことが分かっています。皆さんは,「動物の性は性染色体によって決まる」と思っていませんか。ところがウミガメは胚発生時の温度によって雄になるか雌になるかが決まります。このまま地球温暖化が続くとしたら,ウミガメの性は一方に偏ってしまわないのでしょうか。
本書では,このような話題を取り上げ,私自身の撮った写真を使って「生物の多様な生き様」を紹介したいと思います。多くの皆さんが,「こんな変わった生物もいるのか」,「この動物の変な行動にはこんな意味があるのか」と生物に興味をもたれ,「生物はこんなに面白い」と感じていただければ,とてもうれしく思います。(「はじめに」より)

目 次
第1章 マダガスカル
1  キツネザルは海を渡ったか
2  マダガスカルサンコウチョウ:二型の体色をもつ鳥
3  カメレオンの楽園
4  バオバブ:大陸移動の証人
5  乾性有棘林の奇妙な植物
コラム ① エピオルニスの巨大な卵

第2章 東アフリカ
6  ライオン:ネコ科の異端児
7  シロサイとクロサイ
8  サバンナゾウ:大きいことはいいことか
9  ダチョウ:卵にまつわる話
10  レイヨウ類の適応放散
11  アフリカスイギュウ:「ビッグファイブ」からの陥落
12  チーター:か弱きハンター
13  フラミンゴの赤いミルク
14  カバ:クジラとの意外な関係
15  ハイラックス:和名はイワダヌキ
16  ハイエナ:「こそ泥」と呼ばれて
17  ハゲワシ:腐肉食のスペシャリスト
18  キリンの血圧
19  シマウマの縞
20  マングースの変身
21  アリアカシア:アリと共生する植物
コラム ② 大地溝帯(グレート・リフト・バレー)
コラム ③ オルドヴァイ峡谷

第3章 インド
22  ベンガルトラ:絶滅に瀕する森の王者
23  インドクジャク:雄が美しい理由
24  ハヌマンラングール:「子殺し」の発見

第4章 ボルネオ
25  オランウータン:人類の系譜を考える
26  テングザル:反芻行動をするサル
27  ラフレシア:世界最大の花
28  ウミガメの涙
29  ヘビ:細くて長い体の秘密
コラム ④ 熱帯雨林のキャノーピー・ウォークウェイ

第5章 海の生きものたち
30  クマノミ:性転換する魚
31  ウミウシ:生きている海の宝石
32  ミミックオクトパス:「擬態」するタコ
33  オウムガイ:殻をもつタコの仲間
34  リーフィー・シードラゴン:竜と呼ばれる魚
コラム ⑤ 世界遺産トゥバタハ岩礁海中公園

終章 遺伝子をもとに生物進化を考える
35  ドラゴンズ・ベビー:洞窟に棲む両生類

参考文献
おわりに
事項索引
生物名索引

 

 

 


交尾行動の新しい理解

2016年 2月 27日

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交尾行動の新しい理解-理論と実証-

粕谷英一・工藤慎一 共編
A5判・並製本・200頁
定価(本体3,000円+税)
ISBN978-4-905930-69-3
発行 2016年3月15日

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過去の教科書であなたの学んだこと,それは本当に正しいのですか?

この30年余りの間に,動物行動学や生態学は,確かに,交尾行動について多くを明らかにしてきた。「メスとオスの基本的な差」,「オス間の交尾をめぐる競争」,「メスによる交尾相手の選り好み」という3つの線に沿って,膨大な数の研究が行われてきた。それらの成果は,教科書的な本にも数多く取り上げられている。しかし,多くのものが見えてくるにしたがい,逆に「まだ明らかにされていない部分の大きさが際立ってきた」と私たちは感じている。一部には「これら3つの線で得られたこれまでの成果は,教科書に取り上げられるほど確固たるもので,交尾行動についてはほぼ明らかになっている」という感覚も漂っているようだが,それは研究の前線で感じるものとは違っていると感じている。そして,そういった成果が得られた後も,紆余曲折しながら交尾行動や雌雄関係の新たな描像が育っているとも感じている。生物学を専攻する,特にこの分野の研究を志す若い人たちに,「このことを伝えたい」と思って私たちは本書を編んだ。

交尾行動の研究は,理論と実証の相互作用で進んできた。そして,交尾行動を題材にして多くの理論モデルが作られてきた。だが,個々の面に焦点を当てたモデルが多数作られた結果,統一的なイメージを持ちにくくなっているのではないだろうか。林(第2章)は,これらの理論モデル間の関係を明快に整理している。理論の統一的な理解を進めるうえで,本章は必読と言えるだろう。また,粕谷・工藤(第1章)は,交尾行動の基礎にあるメスとオスの違いとそれが生じる過程について,これまでの理論の不十分な点を解説している。生態学や動物行動学の日本語での専門書でも,まだ十分に説明されていない内容であろう。この章では,近親交配はいつでも不利だというわけではなく,有利・不利はどのように決まるかも説明している。

理論や仮説はすっきり美しくても,現実はしばしば紆余曲折している。ある理論の予測によく合っている例として取り上げられているようなケースでも,詳細に見ていくと,よく合っているのは見かけにすぎないと思えることは珍しくない。狩野(第3章)と原野(第4章)は,交尾行動研究の代表的なモデル生物を例に,研究の現場で検証が実際どう進んでいくかを活写しながら,現在の理解の到達点を見せてくれる。

交尾行動の不思議に心引かれる若い人たちの「わくわく感」に,本書がいくらかでも応えるものになっていれば幸いである。(「はじめに」より)

目 次

1 交尾行動の行動生態学:最近の新展開(粕谷英一・工藤慎一)

はじめに

1-1 交尾行動とメスとオスの差

1-1-1 メスとオスと性的役割

1-1-2 フィッシャー条件

1-1-3 性差と性的役割の理論の歴史

1-1-4 性 比

1-1-5 フィッシャー条件と性的役割の分化

1-2 近親交配を避ける性質

1-3 今後の課題

1-3-1 性的役割:親の投資と配偶への投資

1-3-2 血縁個体との交尾および交尾回避

1-3-3 生態的要因と交尾行動

Box 1-1 メスが何頭のオスと交尾するかがオスによる子の保護

に与える影響:Queller(1997)のモデル

Box 1-2 ベイトマン勾配

2 性淘汰理論を整理する(林  岳彦)

はじめに

2-1 性淘汰理論の概観

2-1-1 性淘汰とは何か:「繁殖において有利」というアイデア

2-1-2 メスの配偶者選好性の進化理論の分類:6つの理論

2-2 各性淘汰理論の内容

2-2-1 知覚バイアス説:知覚的に好き

2-2-2 繁殖干渉回避説:他種は嫌いです

2-2-3 ランナウェイ説:「魅力」の自己増強バブル

2-2-4 優良遺伝子説:ハンディキャップという形の「宣伝」

2-2-5 性的対立説:「抵抗」としての選り好み

2-2-6 直接利益説:「今・ここ」での利益をもたらす選り好み

2-3 それぞれの性淘汰理論の違いを整理する

2-3-1 種内での雌雄間相互作用に起因するか

2-3-2 直接淘汰か間接淘汰か

2-3-3 交尾自体が直接的なコストや利益を伴うか

2-3-4 交尾相手の「質」と「量」のどちらに依存するか

2-3-5 モデルから予測される進化動態の違い

2-4 検討:どの性淘汰理論が最も「正しい」のか

2-4-1 それぞれの理論は排他的ではない:「群像劇」という視点

2-4-2 主役は誰なのか:有/無の議論から定量的議論へ

2-5 結びに

補遺A 量的遺伝モデルによる各性淘汰理論の解説

A-1 量的遺伝モデルについての一般的な解説

A-2 量的遺伝モデルの枠組みに基づく性淘汰理論の解説

補遺B 最適な交尾回数をめぐる性的対立の理論モデル:

その基本的な枠組みと予測される進化動態

B-1 最適な交尾回数をめぐる性的対立の理論モデルの概要

B-2 性的対立の理論モデルから示唆される進化的帰結

Box 2-1 「メスの選好性」の用法

Box 2-2 つがい外交尾は優良遺伝子説で説明できるか?

Box 2-3 Still mysterious:クジャクの羽はなぜ美しい?

3 グッピーの配偶行動と雌雄の駆け引き (狩野賢司)

はじめに

3-1 グッピーの配偶行動:配偶者選択と,メスとオスの対立

3-2 大きなオスに対するメスの好みと,オスの騙し

3-3 オスのオレンジスポットに対するメスの選り好み

3-3-1 オスのオレンジスポットを基にしたメスの選択とその利益

3-3-2 オレンジスポットの大きさ

3-3-3 オレンジスポットの鮮やかさ

3-4 オスのオレンジスポットと体サイズの相対的重要性

3-5 オレンジスポットとオスの騙し

3-6 交尾の際のメスの選択

3-7 交尾後のメスの精子選択と産子調節

3-7-1 メスの受精調節と精子競争

3-7-2 オス親の魅力に応じた子の性比調節

3-8 今後の展望

4 交尾をめぐるメスの利害とオスの利害:マメゾウムシの事例を中心に (原野智広)

はじめに

4-1 マメゾウムシの交尾

4-1-1 メスが傷を負うマメゾウムシの交尾

4-1-2 マメゾウムシ

4-2 メスに危害を及ぼすオスの形質の進化

4-2-1 オスはなぜメスを傷つけるのか

4-2-2 交尾器のトゲがオスにもたらす利益

4-2-3 交尾器と交尾継続時間

4-3 オスとメスの拮抗的共進化

4-3-1 性的対立が引き起こす共進化の道筋

4-3-2 種間比較による検証

4-3-3 実験進化による検証

4-3-4 メスに有害な精液

4-4 メスの適応度に対する多回交尾の影響

4-4-1 メスはなぜ多回交尾を行うのか

4-4-2 メスの多回交尾による産卵数の増加

4-4-3 メスの適応度に対する多回交尾の影響をいかに評価するか

4-5 子の適応度に対するメスの多回交尾の影響

4-5-1 メスの多回交尾の間接的利益

4-5-2 交尾後性淘汰と子の適応度

4-5-3 近親交配の回避

4-6 性的対立から生じる非適応的なメスの多回交尾

4-6-1 雌雄間の遺伝相関

4-6-2 交尾をめぐる性的対立とメスの交尾行動の進化

4-7 おわりに

Box 4-1 遺伝子座間性的対立と遺伝子座内性的対立

Box 4-2 遺伝相関

引用文献

索 引


水から出た魚たち

2015年 6月 19日

水から出た魚たち(HP)

水から出た魚たち-ムツゴロウとトビハゼの挑戦-

田北 徹・石松 惇 共著
A5判・上製本・176頁
定価(本体1,800円+税)
ISBN978-4-905930-17-4
発行 2015年7月10日

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ムツゴロウとトビハゼの謎を解く

 ムツゴロウという変わった名の魚がいることは,広く知られています。しかし,日本ではその分布が九州の有明海と八代海の一部に限られていること,またムツゴロウが棲んでいる泥干潟は泥がとても軟らかくて,足を踏み入れにくいことなどの理由から,その生態はあまり知られていないように思います。私たちは長年にわたって日本とアジア・オセアニアのいくつかの国で,ムツゴロウとその仲間たちの研究を行ってきました。このグループの魚たちは,魚類なのに水中と陸上をまたいで生活するという特異な性質をもっていますので,昔からさまざまな研究が行われてきました。しかし,なにしろ人間が近づきにくい環境に棲んでいるものですから,依然として多くの謎が残っています。私たちの研究で複数の新種が見つかり,泥干潟という厳しい環境で生きるために彼らが発達させた行動や生理の解明において,いくつかの成果を上げることができました。なかでも,ムツゴロウやトビハゼたちが干潟の巣孔の中に空気をためて,その空気に含まれる酸素を使って子育てをしていることを発見できたのは,私たちにとっても大きな驚きでした。
 ここに紹介する研究成果は,私たちの興味と努力だけによるものではありません。私たちとともに泥干潟を這い回り,文字どおり泥まみれになって研究を支え,さらに独自に研究を進めた学生諸君の努力と多くの協力者の支援のたまものです。また,研究の費用面で私たちの研究遂行に血税の使用を許してくださった国民の皆さんへの感謝を決して忘れません。本書は,生きものとその環境に興味をもつ多くの方々に理解していただけることを目標に作りました。この世の中にムツゴロウというこんなに面白く,かつユニークな魚とその仲間がいることを一人でも多くの方に知っていただけたら本望です。また,ムツゴロウたちが棲む干潟が急速に破壊されてなくなっている現実を,多くの人々に知っていただき,その保全に少しでも役に立てたら,こんなに嬉しいことはありません。
 ムツゴロウとその仲間たちは,どの種も美しくて可愛く,つぶらな瞳はとてもチャーミングです。アメリカから友人夫妻の訪問を受けたとき,夫人に「ムツゴロウ(英語でマッドスキッパーmudskipper)という魚を知っているか?」と尋ねたら,「あのアグリーな(みにくい)魚のことなの?」と答えました。そこで,彼女を有明海に連れて行ってムツゴロウを見せたところ,彼女は前言を謝り,「キュート(可愛い)」と言い直しました。本書を読んだ皆さんが,彼らがキュートなだけでなく,干潟の生態系を維持する重要な生きものであること,そしてムツゴロウをはじめとして,多くの生きものたちが命をつなぐ,干潟の環境を健全な姿で保全することの大切さをお分かりいただけたら幸いです。   (田北 徹・石松 惇)

目 次
1 ムツゴロウって何者?
  1-1 ムツゴロウ類の分類学入門
   (1)各魚種の呼び名
   (2)わが国には5種のムツゴロウの仲間たち
1-2 マッドスキッパーと呼ばれる魚たち
   (1)ムツゴロウ属(Boleophthalmus)の魚たち
   (2)トビハゼ属(Periophthalmus)の魚たち
   (3)ペリオフタルモドン属(Periophthalmodon)の魚たち
   (4)トカゲハゼ属(Scartelaos)の魚たち
  1-3 その他の近縁種たち
   (1)アポクリプテス属(Apocryptes)
   (2)タビラクチ属(Apocryptodon)
   (3)オグジュデルセス属(Oxuderces)
   (4)パラポクリプテス属(Parapocryptes)
   (5)シューダポクリプテス属(Pseudapocryptes)
   (6)ザッパ属(Zappa)
コラム 東京湾のトビハゼ(東京都葛西臨海水族園 田辺信吾氏寄稿)

2 ムツゴロウたちが棲む環境
  2-1 干潟ってどんな所?
  2-2 干潟の生きものを支える植物
  2-3 有明海と八代海

3 ムツゴロウたちの生活
  3-1 海と陸のはざまに棲む
  3-2 ムツゴロウたちの食生活
   (1)ムツゴロウはベジタリアン
   (2)トビハゼやペリオフタルモドンは肉食系
  3-3 ムツゴロウの一日
  3-4 ムツゴロウの行動圏と縄張り
  3-5 ムツゴロウの大移動
  3-6 縄張りをもたないトビハゼ
  3-7 トカゲハゼの縄張り
  3-8 マッドスキッパーを襲う動物たち
  コラム なぜムツゴロウたちはごろんとするのか?

4 ムツゴロウたちの繁殖と成長
  4-1 雌雄の見分け方
  4-2 繁殖の最初は産卵室造りから
   (1)ムツゴロウの横孔型産卵室
   (2)トビハゼのJ型産卵室
   (3)シュロセリのドーム型産卵室
  4-3 産卵室ができたら求愛ジャンプ!
  4-4 ジャンプの次は求愛ダンス
   (1)トビハゼ属の求愛行動
   (2)セプテンラディアトゥスの求愛行動
  4-5 いよいよ巣孔の中へ
  4-6 泥の中での産卵
  4-7 泥の中での子育て
  4-8 子ども時代の生き残り競争
  4-9 ムツゴロウの成長
  4-10 ムツゴロウとトビハゼの冬眠

5 マッドスキッパーから進化を考える
  5-1 最初に上陸した魚が見た地上
  5-2 上陸する魚たち
  5-3 マッドスキッパーと太古に上陸した動物を比べると
   (1)体の大きさ
   (2)骨 格
   (3)歩き方
   (4)餌とその食べ方
   (5)呼吸器官
   (6)心臓と血管系
  5-4 なぜ陸上を目指すのか?
  5-5 マッドスキッパーは水辺から離れられる?
   (1)水分の保持
   (2)繁殖の方法
   (3)タンパク質代謝産物の排出

6 ムツゴロウ類の漁業・養殖・料理
  6-1 ムツゴロウ類の漁業
   (1)有明海でのムツゴロウ漁法
       (佐賀県農林水産商工本部 古賀秀昭氏寄稿)
   (2)中国・台湾・韓国でのムツゴロウ漁
   (3)ベトナムでのホコハゼ漁
   (4)マレーシアでのシュロセリ漁
  6-2 ムツゴロウ類の養殖
   (1)日本でのムツゴロウの種苗生産
       (佐賀県農林水産商工本部 古賀秀昭氏寄稿)
   (2)中国南部でのムツゴロウ養殖
       (中国厦门大学 洪万树(Hong Wanshu)先生寄稿)
   (3)台湾でのムツゴロウ養殖
       (国立台南大学 黄銘志(Huang Ming-Chih)先生寄稿)
   (4)ベトナムでのホコハゼ養殖
       (Pham Van Khanh編『ホコハゼ養殖技術』より)
  6-3 ムツゴロウ類の料理

本書での呼び名と学名の対照表
参考文献
あとがき
索 引


植物生態学

2015年 3月 11日

植物生態学

植物生態学

大原 雅 著
A5判・上製本・352頁
定価 (本体3,800円+税)
ISBN978-4-905930-22-8
2015年3月25日

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「植物生態学」は多彩な学問の融合の場

 初めてお目にかかる方に,「どのような分野の研究をされているのですか?」と尋ねられると,「植物生態学です」と答える。決して,間違いでもなく,嘘をついているわけでもない。しかし,そのたびに,自分自身が「植物生態学」という学問分野をきちんと理解できているのか,という自問が本書を書こうと思った大きなきっかけである。我々の科学的認識の前進は,必ずしも限定された特定分野内の知識の蓄積と新しい理論の展開のみによっているとは限らない。むしろ,多くの場合,一見関連がないと思われる分野や複数の分野の境界領域の開拓が新しい研究の発展につながることがある。植物生態学は,まさにその「多彩な学問の融合の場」であろう。
 動物生態学と植物生態学で,境界線を引くつもりはないが,植物には生物学的に普遍的な特徴が二つある。一つが,「植物が動物のような移動能力をもたないこと」であり,もう一つは,「植物は無機物から生物のエネルギー源となる有機物を合成する能力をもつこと」である。この特徴を背景に,植物たちは,この地球上の異なる物理的環境(光,温度,水など)に適応し,そして,同一群集を形成する動植物たちとの相互作用を含む生物的環境により,各地で特色のある生態系を作り上げている。
 このような多様で,複合的な学問である「植物生態学」をどのような流れで紹介するのがよいのか悩んだ。その結果,やはり「生態学」という学問の成り立ちと背景,そして,地球上で作られる多様な環境と植物の分布との関係を「1章」で紹介することとした。そして,「2章」では,46億年の地球の歴史のなかで,どのように生物が進化してきたのか,また植物はいつ,どのように誕生し,多様化したのかをまとめた。生物が進化し,多様化するということは,単に種数が増えるだけではなく,その種が維持される機構,機能が確立されることになる。「3章」では,生物を「種」としてまとめる基礎概念や,その分類群の体系化をめぐる議論と,そこで行われた種の統一性と変異性に関する検証実験を紹介した。地球上の生命の歴史は,「種」の誕生と消滅の繰り返しである。種分化は,種のもつ,形態的,生理的,遺伝的などの統一性が分離されることである。それをもたらす要因は非常に多様である。「4章」では,植物で特徴的な種間交雑と倍数化を伴った種分化の事例を含む,さまざまな種分化の過程を紹介した。
 植物は太陽光からのエネルギーの吸収と,大気や地中からの水や栄養分を獲得して生きている。さらに,植物は固着性であるため,自らが移動することなく,それらの資源を大気中や地中の限定されたエリアから獲得しなくてはいけない。「5章」では,その後の章で紹介する植物の繁殖様式や,物質生産の背景となる植物の構造と機能を整理した。そして,「6章」と「7章」では,植物の繁殖様式を紹介した。「6章」では,生物における有性生殖と無性生殖の比較を行い,遺伝子の組換えが生じることが,生物の適応進化において重要であることをまとめた。そして,固着性の植物において有性生殖が可能になるためには,何か動くものに花粉を託して花粉の授受を行う(他殖)か,さもなければ自分の個体状の花粉で受粉(自殖)を行う必要がある。「7章」では,植物における有性繁殖の多様性を,花粉媒介者との相互作用を含め,紹介した。また,被子植物における,花粉の受粉から受精のメカニズム,そして受精から種子発達に至る資源投資のユニークな実態も解説した。
 生物の生命活動(成長と繁殖)は,物質生産とエネルギーの流入と流出によって維持されている。この地球上の生物たちが利用するエネルギーは,植物による光合成によって獲得された太陽の光エネルギーに由来する。「8章」では,地球上の生物を支える植物たちの物質生産の仕組み,つまり光合成のメカニズムを紹介した。
 全ての生物種は単独で生きているわけではなく,種個体群を形成している。植物も同様であるが,固着性で独立栄養をすることは,移動能力をもち,従属栄養を行う動物とは異なるさまざまな興味深い個体群の姿を示す。「9章」では,植物個体群がどのように構成され,またその個体群構造が生態学的または進化学的にどのように変化するかをまとめた。
 固着性の植物の生活史のなかで,花粉と種子の移動は個体群の遺伝的動態の変化をもたらす。「9章」までは,植物の生態学的側面に焦点を当ててきたが,「10章」と「11章」では,遺伝学的側面を紹介した。特に,「10章」では,植物個体群の遺伝構造や,遺伝子流動の解析における集団遺伝学的解析法の役割をまとめた。そして,「11章」では,さまざまな林床植物個体群を対象に,私の研究室で行ってきた研究例を示した。
 「12章」では,群集の概念を整理するとともに,生物間の相互作用の重要性をまとめた。群集概念そのものは,1950~1960年頃にさまざまな考え方が提起され,多くの検証が行われた。多様な生物群が物理的環境と生物的環境のバランスのなかで,どのように維持されているのかは,「13章」の生物多様性や「14章」の保全生態学へと続く重要なポイントである。「13章」では,「生物多様性」はなぜ維持されなくはいけないのか? 守る必要性がどこにあるのか? を整理するとともに,生物多様性の減少が引き起こす問題点を紹介した。
 「14章」が本著の最終章になる。タイトルは,「保全生態学」であるが,ある意味,「植物生態学」の総合理解のうえに成り立つのが「保全生態学」である。保全生態学で重要なのは,長い地球の歴史のなかで多様な環境に対して適応進化してきた生物たちが,人為的な影響を含む環境変動に対してどのような反応を示すかを正確に把握することにある。特に,植物は移動によりその環境の変化を回避できないため,その環境変動の影響を短期間で捉えるのは難しい。「14章」では,環境保全の難しさと,私の研究室で長年実施している環境教育の現場を紹介した。
 「植物生態学とは?」という自問から始まった本書の執筆であるが,自答としても,まだまだ内容的には不十分な点がたくさんある。それほど,植物生態学という学問は,生物学のなかでも非常に大きな学問分野であるとともに,多彩な研究分野の融合の場でもある。ただ,自答として悩んだ部分もたくさんあるので,「植物生態学」の分野に興味をもったり,また私と同じように「植物生態学とは?」という疑問をもった,大学生,大学院生を含む若手研究者の方々に読んでいただければと思う。ある意味,本書の内容の多様性からも「植物生態学」が,複合的で,かつ基礎から応用までの幅広い研究分野を網羅した学問であることを,実感していただけたら幸いです。  (大原 雅)

目 次
1 生態学と生物の分布
1-1 生態学とは
1-2 生物を育む地球環境
1-3 生態学が対象とする生物レベル
1-4 生態系におけるエネルギーの流れ
1-5 バイオーム

2 生命誕生の歴史
2-1 地球の誕生
2-2 生命の誕生
2-3 最初の生物
2-4 真核生物の登場
2-5 多細胞生物の登場
2-6 動物のカンブリア紀爆発(多様化)
2-7 生物の陸上への進出と植物の多様な進化
2-8 植物における生命の連続性
Box 2-1 細胞内共生
Box 2-2 細胞間のコミュニケーションの進化
Box 2-3 大規模絶滅の歴史と要因

3 生態学における種の概念
3-1 分類学に基づく種概念
3-2 生態型
3-3 生物学的種概念

4 種の分化と適応
4-1 地理的種分化
4-2 跳躍的種分化
4-3 倍数性進化
 4-3-1 同質倍数性
 4-3-2 部分異質倍数体
 4-3-3 異質倍数性
 4-3-4 雑種群落
 4-3-5 浸透性交雑
 Box 4-1 ケンブリッジ科学クラブの論争
 Box 4-2 日本人研究者たちの熱き研究リレー
 Box 4-3 ゲノム分析
 Box 4-4 ナンキョクブナの隔離分布の謎

5 植物の構造と機能
5-1 植物の基本構造
5-2 根の構造と機能
5-3 茎の構造と機能
5-4 葉の構造と機能
5-5 花の構造と機能
5-6 植物における性表現
5-7 植物における個体性
 Box 5-1 花の器官形成の分子メカニズム

6 植物の繁殖様式(1)—有性生殖と無性生殖—
6-1 植物に見られる無性生殖
 6-1-1 アポミクシス
 6-1-2 栄養繁殖
6-2 無性生殖の利点
6-3 有性生殖の利点
 Box 6-1 有性生殖の2倍のコスト
 Box 6-2 繁殖競争と性選択

7 植物の繁殖様式(2)—多様な有性繁殖システム—
7-1 自殖の有利性
7-2 自殖を避けるためのメカニズム
 7-2-1 雌雄離熟と雌雄異熟
 7-2-2 自家不和合性
7-3 閉鎖花と開放花
7-4 ポリネーション・シンドローム
 7-4-1 報 酬
 7-4-2 広 告
7-5 結実のメカニズム
 Box 7-1 重複受精
 Box 7-2 野外における交配実験 

8 植物の物質生産
8-1 物質生産における光合成と呼吸
 8-1-1 光エネルギーの捕捉
 8-1-2 光化学系
 8-1-3 カルビン-ベンソン回路
 8-1-4 C4植物とCAM植物
8-2 植物集団の物質生産
8-3 物質生産と植物の生活
8-4 種の個体再生産システム
 Box 8-1 ガンマーフィールド
 Box 8-2 紅葉と黄葉
 Box 8-3 層別刈取法

9 植物の個体群構造
9-1 一生の長さ
9-2 繁殖回数
9-3 生命表と生存曲線
9-4 個体群の成長
9-5 個体群を調節する要因
9-6 個体群の成長と生活史戦略
9-7 ステージ(サイズ)・クラス構造
9-8 個体群動態と行列モデル
 9-8-1 個体の追跡調査
 9-8-2 推移確率行列
 9-8-3 行列モデルの作成
 9-8-4 エンレイソウの個体群動態
 9-8-5 行列モデルを用いた個体群動態の評価
9-9 空間構造
9-10 植物の繁殖戦略
 9-10-1 繁殖価:生存と繁殖のバランス
 9-10-2 一回繁殖と多回繁殖
 Box 9-1 種子休眠と埋土種子

10 生態学における集団遺伝学の役割
10-1 ハーディー-ワインバーグ平衡
10-2  遺伝的多様性
10-3 ハーディー-ワインバーグ平衡を乱す要因
 10-3-1 突然変異
 10-3-2 遺伝子流動
 10-3-3 近親交配
 10-3-4 遺伝的浮動と有効集団サイズ
 10-3-5 選 択
10-4 フィールドに立脚したさまざまな解析方法
 10-4-1 アイソザイム分析
 10-4-2 父系解析(マイクロサテライトマーカー)
 10-4-3 クローンの識別(AFLP分析)
 Box 10-1 ハーディー-ワインバーグ平衡の適用
 Box 10-2 知っておきたい基礎遺伝学用語

11 繁殖様式と個体群の遺伝構造の解析
11-1 多回繁殖型多年生植物:オオバナノエンレイソウを例に
11-2 一回繁殖型多年生植物:オオウバユリを例に
11-3 クローナル植物:スズランを例に
11-4 雌雄異株植物:性転換植物マムシグサを例に

12 植物群集のダイナミクス
12-1 群集の概念
12-2 群集の境界
12-3 群集内の種間関係
 12-3-1 分布域から見た種の関係
 12-3-2 競争と共存
 12-3-3 捕 食
 12-3-4 共 生
12-4 指標種とキーストーン種
12-5 群集の変化をもたらす要因
12-6 極相と撹乱
 Box 12-1 類似度の評価の難しさ
 Box 12-2 ガウゼの競争排除則

13 生物多様性
13-1 生物多様性とは
13-2 生物多様性のレベル  
13-3 個体群の衰退と絶滅の要因
13-4 生物多様性の重要性を理解する実際の研究例
 13-4-1 生育地の分断・孤立化
 13-4-2 種子生産数の減少
 13-4-3 個体群構造の変化
 13-4-4 遺伝的劣化
 13-4-5 個体群の存続可能性
 Box 13-1 ドードーの絶滅とともに激減した植物種

14 保全生態学
14-1 レッドリスト
14-2 生物多様性ホットスポット
14-3 メタ個体群
14-4 分断化された個体群の保全・管理計画
14-5 外来種問題
 14-5-1 外来種のもたらす悪影響
 14-5-2 侵略的外来種
 14-5-3 外来種対策
14-6 環境教育
 14-6-1 テーマ設定
 14-6-2 教材パンフレットの作成
 14-6-3 野外観察会の実施
 14-6-4 指導書の作成
 14-6-5 総 括
 Box 14-1 外来種駆除の難しさ

用語解説
引用文献
おわりに
人名索引 
事項索引 


魚類比較生理学入門

2014年 3月 8日

75 魚類

魚類比較生理学入門
−空気の世界に挑戦する魚たち—

岩田勝哉 著
A5判・上製本・224頁
定価(本体3,400円+税)
ISBN978-4-905930-16-7 C3045
2014年3月10日

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カエルになりたかった魚たち

 魚といえば,水を思い浮かべる人は多いだろうが,水から出て活動する魚が日本にも生息している.そう,ムツゴロウやトビハゼである.ムツゴロウのほうがトビハゼより知名度は高いと思われるが,空気中での活動能力からいうと,トビハゼのほうがずっと上である.
 トビハゼは,本州では4月の始め頃から10月の終わり頃まで,干潟で生活をしている.この間,干潮時に泥の上を動き回り,小さなカニやゴカイの仲間などを捕らえて食べる.ムツゴロウも干潟に出て,泥の表面に繁茂する微小な藻類 (珪藻など) を食べるが,満潮時には,巣穴に潜ってしまう.これに対して,トビハゼは潮が満ちてくると,まるでぬれるのが嫌かのように堤防や杭などに登り,ひたすら次の干潮を待つ.
 私は今からもう40年ほども前,和歌山大学に赴任した直後,和歌浦の干潟に座って,これから先のあれこれをモヤモヤと考えながら海を眺めていると,ちょうど水際から,こちらに向かってくる1尾のトビハゼと目と目が合い,しばらく見つめ合った.すると,彼女は「ピコッ」とウィンクをくれた.それ以来,そのエメラルドの瞳に恋して,彼女がどうして空気中で生活できるのか,空気中での呼吸や,タンパク質代謝の老廃物である有毒なアンモニアをどのように処理しているかなど,主にこの魚の空気中での生理的な能力について,調べるはめとなった.
 2010年1月7日発行のNatureに,デボン紀中期には,すでに四肢動物が出現し,ポーランドの海岸 (干潟) を歩いていたという論文が発表された1.この新しく発見された四肢動物の足跡の化石は,これまで知られている最も古い四肢動物よりも1,800万年も前に,陸上を歩いた四肢動物がいたことを物語っている.この足跡の主が,ヒトと直結する動物であるのか,あるいは傍系で子孫を残さず消滅した種であるのか明らかでないが,干潟を歩いていたことは確かなようである.この干潟に足跡を残した主が,どこでどのようにして,この段階まで進化したのかは不明だが,もし,干潟で両生生活をしていた魚に起源するとすれば,現在のトビハゼとイメージが重なってくる.
 ヒトの遠い祖先にあたる魚も,かつては,この四肢動物のように水辺で,両生的な生活を行っていたに違いない.この大祖先の魚たちも,陸上に進出するに先立って,空気呼吸機能をどのように発達させ,体内で発生するアンモニアをいかに処理するか,という問題の解決にせまられたことであろう.
 太古の魚が,どのような解決法を編み出したかは,知るよしもないが,おそらく,ヒトが現在行っているような方向へと,一直線に進化したのではなく,多様な魚が,多彩な対処方法を編み出し,そのなかで,現行の対処法を選択したものが,何らかの理由で生き残り,ヒトへとつながったと思われる.
 このような生理的な試みの各過程は,化石に残らないので,祖先の魚たちが行ったであろう試みを直接,検証することはできない.しかし,現在,生存している魚のなかにも,トビハゼのように空気の世界に挑戦している多種多様な魚がいるので,これらの問題に対する魚たちのさまざまな解決法のそれぞれを比較しながら,検証することにより,祖先の魚たちが,採用した方法について思いを巡らすことは可能である.
 現在,生存している動物の生理機能から,化石となった動物の機能を推測したり,逆に,現在のある動物がもつ生理機能が,どのような動物に起源し,どのように発展してきたかを探ったりするのは,「比較生理学」と呼ばれる分野の大きなテーマの一つである.「比較生理学」がカバーする領域は,生理学の全域にわたる広大なもので,どのような学問かを簡単に説明するのは難しい.もちろん,この分野の共通の視点は「比較」であるが,より重要なのは,各生物がもつ生理機能と生息環境の関係や,各生物が背負っている進化の歴史との関わりをより注視しようとする点だと,私は思っている.
 本書を『魚類比較生理学入門』と,おこがましくも題したが,入門書というのは,普通,ある研究分野を網羅的に概説した書物であろう.しかし,本書は,大所高所からの立場をとらず,対象を,主に空気呼吸を行う魚の呼吸機能や窒素代謝に絞り,それらの魚が,それぞれの生息環境で直面するさまざまな制約や障害をどのように克服するか,その生理的な試行の数々を紹介する内容となっている.このような内容となったのは,比較生理学という広大な森の面白さを,読者の方々に感じ取っていただくには,とにもかくにも森に入り,さまざまな樹木に触れたり,見あげたりすることが,より重要だと思ったからである.
 できるだけ平易な説明を心がけたつもりだが,まだ十分こなれていない部分が残っているかも知れない.しかし,それでも多様な魚が多様な生理機能を駆使してさまざまな環境に挑戦していること,そして,このような事柄を研究する比較生理学という分野に少しでも興味をもっていただければ,著者としてこのうえない幸せである. (岩田勝哉)

目 次

1 空気の世界に挑戦する魚たち
1-1 魚とは 
 1-1-1 硬骨魚類 
 1-1-2 軟骨魚類 
1-2 水と空気と呼吸器官 
 1-2-1 水中呼吸器官 (鰓) 
 1-2-2 空気呼吸器官
1-3 空気呼吸魚の世界 
1-4 ハゼ科の空気呼吸魚たち 
 1-4-1 トビハゼの生活 
 1-4-2 トビハゼの繁殖行動
 1-4-3 雄による育卵
 1-4-4 皮膚呼吸
 1-4-5 皮膚組織
1-5 空気呼吸の診断
 1-5-1 心拍数の変化と空気呼吸
 1-5-2 皮膚の厚さの比較
 Box 1 鰓に関わる用語の解説 
 Box 2 RERとRQ

2 窒素老廃物の処理-アンモニア 
2-1 アンモニアの生成と排出
 2-1-1 生成経路
 2-1-2 排出部位
 2-1-3 鰓への輸送
2-2 排出機構
 2-2-1 クローグの仮説と検証
 2-2-2 アンモニアガス
 2-2-3 境界層の役割
 2-2-4 海水魚のアンモニア排出
 2-2-5 アンモニア輸送体 (Rhタンパク質)
 Box 3 アウグスト・クローグ (August Krogh ; 1874-1949)
 Box 4 Rhタンパク質
 Box 5 遺伝子の発現

3 窒素老廃物の処理-尿素
3-1 尿素生成経路
3-2 軟骨魚
 3-2-1 カルバモイルリン酸合成酵素 (CPS) の特性
 3-2-2 グルタミン合成酵素 (GS)
 3-2-3 筋肉での尿素合成
 3-2-4 窒素排出様式と排出部位
 3-2-5 尿素輸送体
3-3 硬骨魚;シーラカンスとハイギョ
 3-3-1 シーラカンス
 3-3-2 ハイギョ
 3-3-3 ハイギョのCPS活性と夏眠

4 真骨魚のアンモニアとの闘い
4-1 研究経緯
 4-1-1 遺伝子欠失説
 4-1-2 ハギンスたちの反論
4-2 個体発生とCPS III遺伝子
 4-2-1 CPS III遺伝子の発現
 4-2-2 CPS III活性の再検討
4-3 尿素合成能を求めて
 4-3-1 トビハゼ
 4-3-2 オオトビハゼ
 4-3-3 キノボリウオ
 4-3-4 マングローブメダカ
 4-3-5 タウナギ
4-4 ついに発見!
 4-4-1 マガディティラピア
 4-4-2 アベハゼ
 4-4-3 ガマアンコウ
 4-4-4 レッドキャット
 4-4-5 クララ
 Box 6 気化によるカニのアンモニア排出

5 尿素排出の周期性
5-1 尿素排出の日周性
 5-1-1 アベハゼ
 5-1-2 O-UC機能をもたないハゼの尿素排出
 5-1-3 不規則な尿素排出を示すハゼたち
5-2 周期的尿素排出の機構
 5-2-1 真骨魚の尿素輸送体
 5-2-2 周期的排出機構
 5-2-3 バソトシン (VT) それともセロトニン (HT)?
 5-2-4 尿素排出周期の意義

6 窒素老廃物とオズモライト
6-1 脊椎動物の血液組成と濃度
 6-1-1 淡水起源説
 6-1-2 浸透調節様式
6-2 軟骨魚
 6-2-1 尿素浸透性
 6-2-2 尿素/TMAO比
 6-2-3 尿素浸透性の由来
6-3 真骨魚
 6-3-1 TMAOの由来
 6-3-2 TMAOの生理機能
 6-3-3 尿 素
 Box 7 ボーディル・シュミット-ニールセン

7 酸素不足に対する闘い
7-1 一時的酸素不足
 7-1-1 高速遊泳魚
 7-1-2 白筋 (普通筋) と赤筋 (血合筋)
 7-1-3 エキス成分と緩衝能
7-2 長期的酸素不足
 7-2-1 脂肪酸生成説
 7-2-2 ティラルトたちの検証
 7-2-3 アルコールの生成とその経路
 7-2-4 フナの筋肉の特異性
 7-2-5 無酸素下でのアンモニア生成
 7-2-6 解糖とアミノ酸代謝の連関
 7-2-7 無酸素下でのクエン酸 (TCA) サイクルの回転
 7-2-8 無酸素下での水素 (電子) 受容体

 Box 8 内温動物と外温動物
 Box 9 エキス成分
 Box 10 血中アルコール濃度

あとがき
引用文献
索 引