植物生態学

植物生態学

植物生態学

大原 雅 著
A5判・上製本・352頁
定価 (本体3,800円+税)
ISBN978-4-905930-22-8
2015年3月25日

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「植物生態学」は多彩な学問の融合の場

 初めてお目にかかる方に,「どのような分野の研究をされているのですか?」と尋ねられると,「植物生態学です」と答える。決して,間違いでもなく,嘘をついているわけでもない。しかし,そのたびに,自分自身が「植物生態学」という学問分野をきちんと理解できているのか,という自問が本書を書こうと思った大きなきっかけである。我々の科学的認識の前進は,必ずしも限定された特定分野内の知識の蓄積と新しい理論の展開のみによっているとは限らない。むしろ,多くの場合,一見関連がないと思われる分野や複数の分野の境界領域の開拓が新しい研究の発展につながることがある。植物生態学は,まさにその「多彩な学問の融合の場」であろう。
 動物生態学と植物生態学で,境界線を引くつもりはないが,植物には生物学的に普遍的な特徴が二つある。一つが,「植物が動物のような移動能力をもたないこと」であり,もう一つは,「植物は無機物から生物のエネルギー源となる有機物を合成する能力をもつこと」である。この特徴を背景に,植物たちは,この地球上の異なる物理的環境(光,温度,水など)に適応し,そして,同一群集を形成する動植物たちとの相互作用を含む生物的環境により,各地で特色のある生態系を作り上げている。
 このような多様で,複合的な学問である「植物生態学」をどのような流れで紹介するのがよいのか悩んだ。その結果,やはり「生態学」という学問の成り立ちと背景,そして,地球上で作られる多様な環境と植物の分布との関係を「1章」で紹介することとした。そして,「2章」では,46億年の地球の歴史のなかで,どのように生物が進化してきたのか,また植物はいつ,どのように誕生し,多様化したのかをまとめた。生物が進化し,多様化するということは,単に種数が増えるだけではなく,その種が維持される機構,機能が確立されることになる。「3章」では,生物を「種」としてまとめる基礎概念や,その分類群の体系化をめぐる議論と,そこで行われた種の統一性と変異性に関する検証実験を紹介した。地球上の生命の歴史は,「種」の誕生と消滅の繰り返しである。種分化は,種のもつ,形態的,生理的,遺伝的などの統一性が分離されることである。それをもたらす要因は非常に多様である。「4章」では,植物で特徴的な種間交雑と倍数化を伴った種分化の事例を含む,さまざまな種分化の過程を紹介した。
 植物は太陽光からのエネルギーの吸収と,大気や地中からの水や栄養分を獲得して生きている。さらに,植物は固着性であるため,自らが移動することなく,それらの資源を大気中や地中の限定されたエリアから獲得しなくてはいけない。「5章」では,その後の章で紹介する植物の繁殖様式や,物質生産の背景となる植物の構造と機能を整理した。そして,「6章」と「7章」では,植物の繁殖様式を紹介した。「6章」では,生物における有性生殖と無性生殖の比較を行い,遺伝子の組換えが生じることが,生物の適応進化において重要であることをまとめた。そして,固着性の植物において有性生殖が可能になるためには,何か動くものに花粉を託して花粉の授受を行う(他殖)か,さもなければ自分の個体状の花粉で受粉(自殖)を行う必要がある。「7章」では,植物における有性繁殖の多様性を,花粉媒介者との相互作用を含め,紹介した。また,被子植物における,花粉の受粉から受精のメカニズム,そして受精から種子発達に至る資源投資のユニークな実態も解説した。
 生物の生命活動(成長と繁殖)は,物質生産とエネルギーの流入と流出によって維持されている。この地球上の生物たちが利用するエネルギーは,植物による光合成によって獲得された太陽の光エネルギーに由来する。「8章」では,地球上の生物を支える植物たちの物質生産の仕組み,つまり光合成のメカニズムを紹介した。
 全ての生物種は単独で生きているわけではなく,種個体群を形成している。植物も同様であるが,固着性で独立栄養をすることは,移動能力をもち,従属栄養を行う動物とは異なるさまざまな興味深い個体群の姿を示す。「9章」では,植物個体群がどのように構成され,またその個体群構造が生態学的または進化学的にどのように変化するかをまとめた。
 固着性の植物の生活史のなかで,花粉と種子の移動は個体群の遺伝的動態の変化をもたらす。「9章」までは,植物の生態学的側面に焦点を当ててきたが,「10章」と「11章」では,遺伝学的側面を紹介した。特に,「10章」では,植物個体群の遺伝構造や,遺伝子流動の解析における集団遺伝学的解析法の役割をまとめた。そして,「11章」では,さまざまな林床植物個体群を対象に,私の研究室で行ってきた研究例を示した。
 「12章」では,群集の概念を整理するとともに,生物間の相互作用の重要性をまとめた。群集概念そのものは,1950~1960年頃にさまざまな考え方が提起され,多くの検証が行われた。多様な生物群が物理的環境と生物的環境のバランスのなかで,どのように維持されているのかは,「13章」の生物多様性や「14章」の保全生態学へと続く重要なポイントである。「13章」では,「生物多様性」はなぜ維持されなくはいけないのか? 守る必要性がどこにあるのか? を整理するとともに,生物多様性の減少が引き起こす問題点を紹介した。
 「14章」が本著の最終章になる。タイトルは,「保全生態学」であるが,ある意味,「植物生態学」の総合理解のうえに成り立つのが「保全生態学」である。保全生態学で重要なのは,長い地球の歴史のなかで多様な環境に対して適応進化してきた生物たちが,人為的な影響を含む環境変動に対してどのような反応を示すかを正確に把握することにある。特に,植物は移動によりその環境の変化を回避できないため,その環境変動の影響を短期間で捉えるのは難しい。「14章」では,環境保全の難しさと,私の研究室で長年実施している環境教育の現場を紹介した。
 「植物生態学とは?」という自問から始まった本書の執筆であるが,自答としても,まだまだ内容的には不十分な点がたくさんある。それほど,植物生態学という学問は,生物学のなかでも非常に大きな学問分野であるとともに,多彩な研究分野の融合の場でもある。ただ,自答として悩んだ部分もたくさんあるので,「植物生態学」の分野に興味をもったり,また私と同じように「植物生態学とは?」という疑問をもった,大学生,大学院生を含む若手研究者の方々に読んでいただければと思う。ある意味,本書の内容の多様性からも「植物生態学」が,複合的で,かつ基礎から応用までの幅広い研究分野を網羅した学問であることを,実感していただけたら幸いです。  (大原 雅)

目 次
1 生態学と生物の分布
1-1 生態学とは
1-2 生物を育む地球環境
1-3 生態学が対象とする生物レベル
1-4 生態系におけるエネルギーの流れ
1-5 バイオーム

2 生命誕生の歴史
2-1 地球の誕生
2-2 生命の誕生
2-3 最初の生物
2-4 真核生物の登場
2-5 多細胞生物の登場
2-6 動物のカンブリア紀爆発(多様化)
2-7 生物の陸上への進出と植物の多様な進化
2-8 植物における生命の連続性
Box 2-1 細胞内共生
Box 2-2 細胞間のコミュニケーションの進化
Box 2-3 大規模絶滅の歴史と要因

3 生態学における種の概念
3-1 分類学に基づく種概念
3-2 生態型
3-3 生物学的種概念

4 種の分化と適応
4-1 地理的種分化
4-2 跳躍的種分化
4-3 倍数性進化
 4-3-1 同質倍数性
 4-3-2 部分異質倍数体
 4-3-3 異質倍数性
 4-3-4 雑種群落
 4-3-5 浸透性交雑
 Box 4-1 ケンブリッジ科学クラブの論争
 Box 4-2 日本人研究者たちの熱き研究リレー
 Box 4-3 ゲノム分析
 Box 4-4 ナンキョクブナの隔離分布の謎

5 植物の構造と機能
5-1 植物の基本構造
5-2 根の構造と機能
5-3 茎の構造と機能
5-4 葉の構造と機能
5-5 花の構造と機能
5-6 植物における性表現
5-7 植物における個体性
 Box 5-1 花の器官形成の分子メカニズム

6 植物の繁殖様式(1)—有性生殖と無性生殖—
6-1 植物に見られる無性生殖
 6-1-1 アポミクシス
 6-1-2 栄養繁殖
6-2 無性生殖の利点
6-3 有性生殖の利点
 Box 6-1 有性生殖の2倍のコスト
 Box 6-2 繁殖競争と性選択

7 植物の繁殖様式(2)—多様な有性繁殖システム—
7-1 自殖の有利性
7-2 自殖を避けるためのメカニズム
 7-2-1 雌雄離熟と雌雄異熟
 7-2-2 自家不和合性
7-3 閉鎖花と開放花
7-4 ポリネーション・シンドローム
 7-4-1 報 酬
 7-4-2 広 告
7-5 結実のメカニズム
 Box 7-1 重複受精
 Box 7-2 野外における交配実験 

8 植物の物質生産
8-1 物質生産における光合成と呼吸
 8-1-1 光エネルギーの捕捉
 8-1-2 光化学系
 8-1-3 カルビン-ベンソン回路
 8-1-4 C4植物とCAM植物
8-2 植物集団の物質生産
8-3 物質生産と植物の生活
8-4 種の個体再生産システム
 Box 8-1 ガンマーフィールド
 Box 8-2 紅葉と黄葉
 Box 8-3 層別刈取法

9 植物の個体群構造
9-1 一生の長さ
9-2 繁殖回数
9-3 生命表と生存曲線
9-4 個体群の成長
9-5 個体群を調節する要因
9-6 個体群の成長と生活史戦略
9-7 ステージ(サイズ)・クラス構造
9-8 個体群動態と行列モデル
 9-8-1 個体の追跡調査
 9-8-2 推移確率行列
 9-8-3 行列モデルの作成
 9-8-4 エンレイソウの個体群動態
 9-8-5 行列モデルを用いた個体群動態の評価
9-9 空間構造
9-10 植物の繁殖戦略
 9-10-1 繁殖価:生存と繁殖のバランス
 9-10-2 一回繁殖と多回繁殖
 Box 9-1 種子休眠と埋土種子

10 生態学における集団遺伝学の役割
10-1 ハーディー-ワインバーグ平衡
10-2  遺伝的多様性
10-3 ハーディー-ワインバーグ平衡を乱す要因
 10-3-1 突然変異
 10-3-2 遺伝子流動
 10-3-3 近親交配
 10-3-4 遺伝的浮動と有効集団サイズ
 10-3-5 選 択
10-4 フィールドに立脚したさまざまな解析方法
 10-4-1 アイソザイム分析
 10-4-2 父系解析(マイクロサテライトマーカー)
 10-4-3 クローンの識別(AFLP分析)
 Box 10-1 ハーディー-ワインバーグ平衡の適用
 Box 10-2 知っておきたい基礎遺伝学用語

11 繁殖様式と個体群の遺伝構造の解析
11-1 多回繁殖型多年生植物:オオバナノエンレイソウを例に
11-2 一回繁殖型多年生植物:オオウバユリを例に
11-3 クローナル植物:スズランを例に
11-4 雌雄異株植物:性転換植物マムシグサを例に

12 植物群集のダイナミクス
12-1 群集の概念
12-2 群集の境界
12-3 群集内の種間関係
 12-3-1 分布域から見た種の関係
 12-3-2 競争と共存
 12-3-3 捕 食
 12-3-4 共 生
12-4 指標種とキーストーン種
12-5 群集の変化をもたらす要因
12-6 極相と撹乱
 Box 12-1 類似度の評価の難しさ
 Box 12-2 ガウゼの競争排除則

13 生物多様性
13-1 生物多様性とは
13-2 生物多様性のレベル  
13-3 個体群の衰退と絶滅の要因
13-4 生物多様性の重要性を理解する実際の研究例
 13-4-1 生育地の分断・孤立化
 13-4-2 種子生産数の減少
 13-4-3 個体群構造の変化
 13-4-4 遺伝的劣化
 13-4-5 個体群の存続可能性
 Box 13-1 ドードーの絶滅とともに激減した植物種

14 保全生態学
14-1 レッドリスト
14-2 生物多様性ホットスポット
14-3 メタ個体群
14-4 分断化された個体群の保全・管理計画
14-5 外来種問題
 14-5-1 外来種のもたらす悪影響
 14-5-2 侵略的外来種
 14-5-3 外来種対策
14-6 環境教育
 14-6-1 テーマ設定
 14-6-2 教材パンフレットの作成
 14-6-3 野外観察会の実施
 14-6-4 指導書の作成
 14-6-5 総 括
 Box 14-1 外来種駆除の難しさ

用語解説
引用文献
おわりに
人名索引 
事項索引 

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