魚類比較生理学入門

75 魚類

魚類比較生理学入門
−空気の世界に挑戦する魚たち—

岩田勝哉 著
A5判・上製本・224頁
定価(本体3,400円+税)
ISBN978-4-905930-16-7 C3045
2014年3月10日

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カエルになりたかった魚たち

 魚といえば,水を思い浮かべる人は多いだろうが,水から出て活動する魚が日本にも生息している.そう,ムツゴロウやトビハゼである.ムツゴロウのほうがトビハゼより知名度は高いと思われるが,空気中での活動能力からいうと,トビハゼのほうがずっと上である.
 トビハゼは,本州では4月の始め頃から10月の終わり頃まで,干潟で生活をしている.この間,干潮時に泥の上を動き回り,小さなカニやゴカイの仲間などを捕らえて食べる.ムツゴロウも干潟に出て,泥の表面に繁茂する微小な藻類 (珪藻など) を食べるが,満潮時には,巣穴に潜ってしまう.これに対して,トビハゼは潮が満ちてくると,まるでぬれるのが嫌かのように堤防や杭などに登り,ひたすら次の干潮を待つ.
 私は今からもう40年ほども前,和歌山大学に赴任した直後,和歌浦の干潟に座って,これから先のあれこれをモヤモヤと考えながら海を眺めていると,ちょうど水際から,こちらに向かってくる1尾のトビハゼと目と目が合い,しばらく見つめ合った.すると,彼女は「ピコッ」とウィンクをくれた.それ以来,そのエメラルドの瞳に恋して,彼女がどうして空気中で生活できるのか,空気中での呼吸や,タンパク質代謝の老廃物である有毒なアンモニアをどのように処理しているかなど,主にこの魚の空気中での生理的な能力について,調べるはめとなった.
 2010年1月7日発行のNatureに,デボン紀中期には,すでに四肢動物が出現し,ポーランドの海岸 (干潟) を歩いていたという論文が発表された1.この新しく発見された四肢動物の足跡の化石は,これまで知られている最も古い四肢動物よりも1,800万年も前に,陸上を歩いた四肢動物がいたことを物語っている.この足跡の主が,ヒトと直結する動物であるのか,あるいは傍系で子孫を残さず消滅した種であるのか明らかでないが,干潟を歩いていたことは確かなようである.この干潟に足跡を残した主が,どこでどのようにして,この段階まで進化したのかは不明だが,もし,干潟で両生生活をしていた魚に起源するとすれば,現在のトビハゼとイメージが重なってくる.
 ヒトの遠い祖先にあたる魚も,かつては,この四肢動物のように水辺で,両生的な生活を行っていたに違いない.この大祖先の魚たちも,陸上に進出するに先立って,空気呼吸機能をどのように発達させ,体内で発生するアンモニアをいかに処理するか,という問題の解決にせまられたことであろう.
 太古の魚が,どのような解決法を編み出したかは,知るよしもないが,おそらく,ヒトが現在行っているような方向へと,一直線に進化したのではなく,多様な魚が,多彩な対処方法を編み出し,そのなかで,現行の対処法を選択したものが,何らかの理由で生き残り,ヒトへとつながったと思われる.
 このような生理的な試みの各過程は,化石に残らないので,祖先の魚たちが行ったであろう試みを直接,検証することはできない.しかし,現在,生存している魚のなかにも,トビハゼのように空気の世界に挑戦している多種多様な魚がいるので,これらの問題に対する魚たちのさまざまな解決法のそれぞれを比較しながら,検証することにより,祖先の魚たちが,採用した方法について思いを巡らすことは可能である.
 現在,生存している動物の生理機能から,化石となった動物の機能を推測したり,逆に,現在のある動物がもつ生理機能が,どのような動物に起源し,どのように発展してきたかを探ったりするのは,「比較生理学」と呼ばれる分野の大きなテーマの一つである.「比較生理学」がカバーする領域は,生理学の全域にわたる広大なもので,どのような学問かを簡単に説明するのは難しい.もちろん,この分野の共通の視点は「比較」であるが,より重要なのは,各生物がもつ生理機能と生息環境の関係や,各生物が背負っている進化の歴史との関わりをより注視しようとする点だと,私は思っている.
 本書を『魚類比較生理学入門』と,おこがましくも題したが,入門書というのは,普通,ある研究分野を網羅的に概説した書物であろう.しかし,本書は,大所高所からの立場をとらず,対象を,主に空気呼吸を行う魚の呼吸機能や窒素代謝に絞り,それらの魚が,それぞれの生息環境で直面するさまざまな制約や障害をどのように克服するか,その生理的な試行の数々を紹介する内容となっている.このような内容となったのは,比較生理学という広大な森の面白さを,読者の方々に感じ取っていただくには,とにもかくにも森に入り,さまざまな樹木に触れたり,見あげたりすることが,より重要だと思ったからである.
 できるだけ平易な説明を心がけたつもりだが,まだ十分こなれていない部分が残っているかも知れない.しかし,それでも多様な魚が多様な生理機能を駆使してさまざまな環境に挑戦していること,そして,このような事柄を研究する比較生理学という分野に少しでも興味をもっていただければ,著者としてこのうえない幸せである. (岩田勝哉)

目 次

1 空気の世界に挑戦する魚たち
1-1 魚とは 
 1-1-1 硬骨魚類 
 1-1-2 軟骨魚類 
1-2 水と空気と呼吸器官 
 1-2-1 水中呼吸器官 (鰓) 
 1-2-2 空気呼吸器官
1-3 空気呼吸魚の世界 
1-4 ハゼ科の空気呼吸魚たち 
 1-4-1 トビハゼの生活 
 1-4-2 トビハゼの繁殖行動
 1-4-3 雄による育卵
 1-4-4 皮膚呼吸
 1-4-5 皮膚組織
1-5 空気呼吸の診断
 1-5-1 心拍数の変化と空気呼吸
 1-5-2 皮膚の厚さの比較
 Box 1 鰓に関わる用語の解説 
 Box 2 RERとRQ

2 窒素老廃物の処理-アンモニア 
2-1 アンモニアの生成と排出
 2-1-1 生成経路
 2-1-2 排出部位
 2-1-3 鰓への輸送
2-2 排出機構
 2-2-1 クローグの仮説と検証
 2-2-2 アンモニアガス
 2-2-3 境界層の役割
 2-2-4 海水魚のアンモニア排出
 2-2-5 アンモニア輸送体 (Rhタンパク質)
 Box 3 アウグスト・クローグ (August Krogh ; 1874-1949)
 Box 4 Rhタンパク質
 Box 5 遺伝子の発現

3 窒素老廃物の処理-尿素
3-1 尿素生成経路
3-2 軟骨魚
 3-2-1 カルバモイルリン酸合成酵素 (CPS) の特性
 3-2-2 グルタミン合成酵素 (GS)
 3-2-3 筋肉での尿素合成
 3-2-4 窒素排出様式と排出部位
 3-2-5 尿素輸送体
3-3 硬骨魚;シーラカンスとハイギョ
 3-3-1 シーラカンス
 3-3-2 ハイギョ
 3-3-3 ハイギョのCPS活性と夏眠

4 真骨魚のアンモニアとの闘い
4-1 研究経緯
 4-1-1 遺伝子欠失説
 4-1-2 ハギンスたちの反論
4-2 個体発生とCPS III遺伝子
 4-2-1 CPS III遺伝子の発現
 4-2-2 CPS III活性の再検討
4-3 尿素合成能を求めて
 4-3-1 トビハゼ
 4-3-2 オオトビハゼ
 4-3-3 キノボリウオ
 4-3-4 マングローブメダカ
 4-3-5 タウナギ
4-4 ついに発見!
 4-4-1 マガディティラピア
 4-4-2 アベハゼ
 4-4-3 ガマアンコウ
 4-4-4 レッドキャット
 4-4-5 クララ
 Box 6 気化によるカニのアンモニア排出

5 尿素排出の周期性
5-1 尿素排出の日周性
 5-1-1 アベハゼ
 5-1-2 O-UC機能をもたないハゼの尿素排出
 5-1-3 不規則な尿素排出を示すハゼたち
5-2 周期的尿素排出の機構
 5-2-1 真骨魚の尿素輸送体
 5-2-2 周期的排出機構
 5-2-3 バソトシン (VT) それともセロトニン (HT)?
 5-2-4 尿素排出周期の意義

6 窒素老廃物とオズモライト
6-1 脊椎動物の血液組成と濃度
 6-1-1 淡水起源説
 6-1-2 浸透調節様式
6-2 軟骨魚
 6-2-1 尿素浸透性
 6-2-2 尿素/TMAO比
 6-2-3 尿素浸透性の由来
6-3 真骨魚
 6-3-1 TMAOの由来
 6-3-2 TMAOの生理機能
 6-3-3 尿 素
 Box 7 ボーディル・シュミット-ニールセン

7 酸素不足に対する闘い
7-1 一時的酸素不足
 7-1-1 高速遊泳魚
 7-1-2 白筋 (普通筋) と赤筋 (血合筋)
 7-1-3 エキス成分と緩衝能
7-2 長期的酸素不足
 7-2-1 脂肪酸生成説
 7-2-2 ティラルトたちの検証
 7-2-3 アルコールの生成とその経路
 7-2-4 フナの筋肉の特異性
 7-2-5 無酸素下でのアンモニア生成
 7-2-6 解糖とアミノ酸代謝の連関
 7-2-7 無酸素下でのクエン酸 (TCA) サイクルの回転
 7-2-8 無酸素下での水素 (電子) 受容体

 Box 8 内温動物と外温動物
 Box 9 エキス成分
 Box 10 血中アルコール濃度

あとがき
引用文献
索 引

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