パワー・エコロジー

73 パワーエコ

佐藤宏明(奈良女子大学准教授)・ 村上貴弘(北海道教育大学准教授)共編
A5判・上製本・480頁
定価(本体3,600円+税)
ISBN 978−4−905930−47−1
2013年3月16日

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現場発見型生物学への招待

 本書は,北海道大学大学院環境科学院/地球環境科学研究院の教授として長く教育と研究に携わってこられた東正剛先生の退職を記念して編集,出版された.執筆者はいずれも先生の薫陶を受けた教え子である.書名のパワー・エコロジーは東研究室の研究姿勢を象徴する造語であり,先生の指導方針を端的に表している.しいて訳せば,力業の生態学,とでもなろうか.生態学を俯瞰する序章以外のすべての章が,この力業の実践記録となっている.
 東正剛先生は1949年,宮崎県高鍋町に生まれ,南九州の豊かな自然のなか,剣道少年として育った.高鍋高校1年生の終わりに奈良県立高田高校に転校,奈良教育大学を経て北海道大学大学院理学研究科に進学し,ハチの行動生態学の第一人者である坂上昭一先生に師事した.研究対象は日本海に面した石狩浜におけるエゾアカヤマアリのスーパーコロニーであり,これが地球上で最も巨大なアリのコロニーであることを発見した.この発見はウィルソンとヘルドブラーが著したアリ学のバイブルThe Antsの巻頭でも取り上げられるほど,世界にインパクトを与えた.余談ながら,この研究は,平日は石狩浜でのテント生活,週末は道央の羊蹄山山頂 (標高1,898 m) にある山小屋の管理人のアルバイトをしながらのものだったという.また,アルバイトで稼いだお金は,アリ研究のメッカであるスイスでのヤマアリの調査研究につぎこんだという.
 1980年に博士号を取得後,北海道大学大学院環境科学研究科 (現在の環境科学院) に助手として任用され,1993年に教授に昇任し,アリ類をはじめとする動物生態学の研究を行ってきた.この間,1983年にアフリカ,1986-88年にオーストラリア,1988-1989年に第30次南極観測隊夏隊員として南極大陸に赴いている.1993年からはパナマを中心としたアメリカ大陸,1998年から1999年にかけて再びオーストラリア,2001年からは熱帯アジア,そして近年は再びアフリカおよび南米大陸へと,まさに世界を股にかけた調査研究を行っている.研究対象は主にアリ類であるが,アフリカではフンコロガシの調査を見守り,オーストラリアではジシャクシロアリの壮大なシロアリ塚群を記録し,南極大陸では土壌動物相の調査から多数のトビムシ,ダニ類を発見している.まさに自らの好奇心に従った八面六臂の奮闘であり,破格の活躍である.
 書名のパワー・エコロジーは東先生の行動力に裏打ちされた口癖に由来する.「面白いと思うなら,とにかくやってみろ」,「頭はついてりゃいい.中身はあとからついてくる」,「生態学は体力と気合だ」,「生態学にカミソリは必要ない.必要なのはナタだ」と,素面であれ,酒の席であれ,ことあるごとに聞かされた.1980年代から顕著になった,確かな理論に基づく仮説を,考え抜いた実験・観察によって検証するという生態学の流れにあって,これらの発言は中身のない単なる放言にすぎない,と断じる人もいるだろう.しかし,自分がどれほどのものかわからないけれど,体力とやる気,そして夢だけはたっぷりともっていた大学院生には,先生のこの口癖はこのうえない励ましとなった.いつしか東研究室では,先生に感化された自分たちの研究姿勢を,万感をこめパワー・エコロジーと呼ぶようになった.
 パワー・エコロジーの足跡として,東先生が教授として指導した修士・博士課程の院生とその学位論文をこのまえがきの後に掲げた.一瞥して,研究課題,対象生物,調査地のいずれにおいても一貫性がないことに気づく.研究課題は生態学のほぼ全域を網羅し,対象生物はクマムシから昆虫,魚類,爬虫類,鳥類,哺乳類に至り,さらに海洋微生物や藻類,高等植物までも含み,調査地は,北海道はもとより,東南アジア,オーストラリア,中米,そしてアフリカにまで広がる.これは,他の研究室ならば拒絶されてしまう学生を東先生が受け入れ,パワー・エコロジー主義のもとに,院生を鼓舞した結果である.
 本書はそうした東研究室の特徴が伝わるよう2部構成とした.第一部では,調査地が全世界に及ぶことを示す狙いで,院生の時代に,中米,ボルネオ,オーストラリア,アフリカ,南極へと散っていった教え子の奮闘記が綴られている.第二部では,対象生物と研究課題が多種多様であることを示す狙いで,藻類からクマムシ,昆虫,魚,鳥,はてはエゾシカまで,さまざまな生態学的観点からの研究が綴られている.もちろん,いずれの章もパワー・エコロジーを具現した内容である.そして,一見すると相互の関連を欠くこれらの研究が生態学という広い学問領域にどう位置づけられるかを示す狙いで,「生態学の躍進―その目指すもの」と題した序章を,東先生が助手のときに院生だった大原雅さん (現在,北海道大学大学院環境科学院/地球環境科学研究院教授) に執筆いただいた.
 各章の扉に,東先生自身の筆による「著者の紹介」を載せた.とは言え,執筆者の単なる紹介文にはなっていない.本文では触れられていない師弟の交わりが寸描されているとともに,先生の人柄と教え子を見る温かい目がそこにある (一部毒舌も混じってはいるが).また,執筆者本人も知らなかったであろう先生の研究戦略も垣間見え,本文を読むときの手助けにもなっている.執筆者だけでなく,師の恩にあらためて思い至る読者もきっといるのではないだろうか (実は,編集者以外の執筆者はこの「著者の紹介」を本書の出版で初めて目にする).
 各章の長さは長短まちまちであるが,全ての章がプロローグで始まり,エピローグで終わっている.この二つを読めば,本文の概要と執筆者の研究にかける思い,そして師に対する敬愛の情が読み取れる.本文では,真実に近づいていく過程が,研究の苦労話や裏話などを交えて,臨場感あふれる文体で記述されている.生態学的知識を得ようとする読者には物足りなさを感じさせるかもしれないが,そのぶん,現場感覚を大いに養える内容になっていると思う.
 このように本書は,パワー・エコロジーを信奉,実践してきた東研究室の総括の書ともいえる.仮説・検証型の研究が推奨される現在にあって,未知の領域に挑む発見型の研究は敬遠されがちである.確固たる成果が見通せないことに加え,人一倍の力業を必要とする研究ならば,なおさらである.しかし,研究の原点は「面白そうだから」,「楽しそうだから」,「知らない土地に行ってみたいから」というような単純な思いと,研究にかける情熱にあるはずである.そうであるならば,パワー・エコロジーの精神は一般性をもちうると言え,研究者を目指す若い人の精神的支柱としてだけでなく,現役の教員にも指導上の指標となりうるのではないか.ここにこそ,一研究室の実践記録にすぎない本書の意義があると信じたい.
 末尾になりましたが,東先生の似顔絵を真ん中にして,研究室の雰囲気を素敵に伝える表紙イラストを描いていただいた市川りんたろうさんに感謝します.また,海游舎の本間陽子さんには本書の企画段階から多大なご協力をいただきました.忙しさにかまけて作業が滞るなか,本書を出版まで導いていただいたことに感謝します.
         
目 次

序章 生態学の躍進 ─ その目指すもの (大原 雅)
プロローグ
1 生態学の概念
2 生物学的組織化のレベル
3 生態学の潮流
4 Ecologyとエコロジー 
エピローグ 

第一部 世界中にフィールドを求めて

1 アリの農業とヒトの農業 ─ 南米で進化!? (村上貴弘)
プロローグ
1-1 スミソニアン熱帯研究所とバロコロラド島
1-2 ハキリアリの行動と生態
1-3 農業をするアリはヒトの農業にとって重大な害虫である
1-4 世界の農業発展に貢献したインディヘナの人々
エピローグ

2 ボルネオ・サル紀行 ─ 妻と一緒に,テングザル研究 (松田一希)
プロローグ
2-1 テングザルが棲む村へ
2-2 村事情とテングザル研究
2-3 新たな挑戦
エピローグ

3 アフリカで自然保護研究の手法を探る (小林聡史)
プロローグ
3-1 野生動物による被害の実態を探る (ケニア共和国)
3-2 国立公園づくり
  3-2-1 マハレ国立公園 (タンザニア連合共和国)
  3-2-2 幻の国立公園 (リベリア共和国)
エピローグ

4 豪州蟻事録 ─ 大男,夢の大地でアリを追う (宮田弘樹)
プロローグ
4-1 オーストラリアでアリ研究
4-2 最も原始的な軍隊アリ,カギヅメアリ
4-3 順位制が支配するエントツハリアリ
4-4 寒い夜に活動するアカツキアリ
エピローグ

5 土壌動物学徒の南極越冬記 (菅原裕規)
プロローグ
5-1 「南極」とは
  5-1-1 気候と地理区分
  5-1-2 日本の南極観測
5-2 いざ,南極へ
5-3 いよいよ,越冬生活が始まった
5-4 ついに,越冬終了!
  5-4-1 ラングホブデ露岩域に57日間滞在
  5-4-2 さらば,南極
5-5 大陸性南極地帯の土壌動物類の起源
エピローグ

第二部 多様な生物を求めて

6 海産緑藻類の繁殖戦略 ─ 雄と雌の起源を求めて (富樫辰也)
プロローグ
6-1 北大理学部附属海藻研究施設
6-2 ハネモの繁殖
6-3 海産緑藻類の生態
6-4 有性生殖の起源を探るために
エピローグ

7 いじめに一番強いモデル動物,ヨコヅナクマムシ (堀川大樹)
プロローグ
7-1 クマムシとは
7-2 環境耐性実験
7-3 クマムシと宇宙生物学
エピローグ

8 真社会性と単独性を簡単に切り替えるハチ,シオカワコハナバチ (平田真規)
プロローグ
8-1 単独性,社会性,そして真社会性
8-2 アリやハチの進化に潜む謎とハミルトン則
8-3 なぜコハナバチか
8-4 シオカワコハナバチの生態
8-5 シオカワコハナバチでハミルトン則が証明された?
エピローグ

9 アルゼンチンアリの分布拡大を追う (伊藤文紀)
プロローグ
9-1 アルゼンチンアリとは
9-2 僕たちの調査
9-3 日本における分布の現状
9-4 廿日市市周辺における現状と今後
エピローグ

10 潜葉性鱗翅類で何ができるか ─ 独創性との狭間のなかで (佐藤宏明)
プロローグ
10-1 潜葉性鱗翅類への招待
10-2 鱗翅類が生葉を食べるために採用した最初の摂食様式
10-3 ホソガからの空想
10-4 空想から現実へ ─ 植物との相互作用
10-5 独創的研究とは何か ─ 青臭いと言われようが
エピローグ

11 幻の大魚イトウのジャンプに導かれて ─ 絶滅危惧種の生態研究と保全の実践記録 (江戸謙顕)
プロローグ
11-1 希少種の研究は難しい
11-2 イトウの生態
  11-2-1 稚魚と氾濫原
  11-2-2 困難と危険を伴う生態調査
  11-2-3 イトウの産卵行動
11-3 絶滅危惧種イトウの保全
  11-3-1 保全のための基礎データ
  11-3-2 保全活動の実践
エピローグ

12 モズとアカモズの種間なわばり ─ 修士大学院生の失敗と再起の記録 (高木昌興)
プロローグ
12-1 『ワタリガラスの謎』から学んだこと
12-2 モズを研究しよう
12-3 モズとアカモズの種間なわばりの研究
12-4 失敗を糧にして
エピローグ

13 タンチョウに夢をのせて (正富欣之)
プロローグ
13-1 タンチョウについての誤解を解く
13-2 タンチョウの生活史と野外調査
13-3 営巣適地の環境変化と分布
13-4 タンチョウ個体群を持続的に保全するために
エピローグ

14 エゾシカの遺伝型分布地図が語ること ─ 野生動物管理に貢献する保全遺伝学 (永田純子)
プロローグ
14-1 エゾシカのDNA分析が始まった
14-2 DNA分析用サンプルを収集する
14-3 DNAの中にエゾシカがたどった歴史を探る
14-4 エゾシカの増と減のジレンマ
エピローグ

引用文献 
事項索引 
生物名索引 
学名索引 
人名索引

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