社会性昆虫の進化生物学

東 正剛(北海道大学教授)・辻 和希(琉球大学教授)共編
A5判・上製本・496頁
定価(本体6,000円+税)
ISBN 978−4−905930−29−7
2011年9月15日

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味わったら抜けられない知的挑戦
 本書は,1993年に出版された『社会性昆虫の進化生態学』(松本忠夫・東正剛共編,海游舎)の姉妹書である。この約20年の間に生物学は目覚ましい発展を遂げ,「21世紀は生物学の世紀になる」という大方の予想どおり,我々はまさに生物学の革命期を生きていると言えるだろう。これには遺伝子工学を含む分子生物学の発展とIT革命を中心とする技術革新,その相乗効果によって予想以上の速さで進展した各種生物の全ゲノム塩基配列判読が引き金となったことは間違いない。
 本書は,日本語で読めるものとしては現在唯一の社会性昆虫研究の「今」と「全体」を展望できる教科書である。当代最先端研究者による各章から,めくるめく変化し続ける研究動向が見て取れる。
 
 同種でありながら女王とワーカーはなぜこれほど形態が異なるのかは,発生生物学者でなくても興味がわく問題だろう。1章は,この「カースト分化機構」という社会性昆虫研究の古くて新しい中心的命題に対し,今急発展している進化発生学(Evo-Devo)というツールで迫った内容。本章では社会性昆虫をEvo-Devoの新たなモデル生物として位置付け,表現型可塑性,ヘテロクロニー,モジュール性,アポトーシスなどの既知の仕組みでどこまでカースト分化が理解可能なのか現状を解説している。同時に本章は進化発生学の概要が理解できる内容になっており,分子生物学者だけでなく社会生物学者も必読。

 性がどんな仕組みで決定されるのかは,社会性昆虫を超え生物学の基本問題である。2章は,血縁選択説の中枢的役割を果たしたと議論されている単数倍数性(haplodiploidy)の分子生物学的仕組みの理解を議論の入り口に,昆虫の性決定機構全般に関する最新知見を網羅した力作に仕上がっている。相補的性決定,ゲノム刷り込み,遺伝因子バランス,性決定の遺伝子カスケードなど,理論モデルと実証研究例を丁寧に解説した本章は,この分野の関連研究者に今すぐ役立つ総説である。血縁度,単数倍数性やそれによる血縁度非対称性など社会生物学の基本タームも適宜ボックスを使い解説されている。

 3章は,アリの社会を支える化学コミュニケ—ション,たとえば巣仲間認識,種認識,寄生と共生,シグナルとセンサーなど,受容から意思決定に至る神経行動学的プロセスを多数の例をあげ体系的に解説している。さらに,既知のアリのフェロモンの構造の全リストという有り難い「特典」付きである。化学コミュニケーションは社会性昆虫学における主要テーマの一つであり続けてきたが,日本語の本格的な解説は近年ほとんどなく,本章の学術・啓蒙的価値は高い。本章の後半部分では好蟻性昆虫とアリとの共生における種間コミュニケーションの仕組みが解説されている点にも特色がある。

 4−7章は材料別の構成をとり,個々の分類群の社会性の特徴を網羅的に概観した内容となっている。4章は,前著『社会性昆虫の進化生態学』にある同著者による総説の続編で,脳内アミンなどの至近要因研究を中心にミツバチのシステム生物学の最新知見を,たった1章の中に濃縮している。5章は,社会性アブラムシを系統・適応・生理・行動・分子発生に至る最新知見をバランスよく解説し,この1章で兵隊アブラムシ研究の現在的パースペクティブが理解可能な内容。6章は,シロアリ研究で近年数々の大発見に成功している著者が,シロアリの社会進化における性の役割を,遺伝的多様性と血縁度のトレードオフという概念を軸に縦横に展開している快作である。本書の他章がアリ,シロアリやミツバチなど主として多年性の社会性昆虫に焦点を当てているのに対し,7章では単年性の種に焦点を当てている。すなわち,アシナガバチ,スズメバチ,マルハナバチというこれまで別々に論じられた分類群をやはり最新知見にもとづき進化生態学的観点から比較したユニークなものである。

 Evo-Devo(1−2章) が本書の表の顔だとすると,8−9章はまさに裏の顔である。日本ではほとんど知られていないが,社会性昆虫は自己組織化,複雑系,自律分散制御の研究材料として,ここ20年の間に特に国外では注目を集めてきた。8章は「システム生物学」としての社会性昆虫研究における日本人研究者自身の言葉で書かれ,日本語で読める初の,そしてよくまとまった解説である。いかに社会性昆虫が自己組織化研究にうってつけか,集団採餌,渋滞,カースト比調節,そして自律分散ロボットなどを例に分かりやすく解説されている。アリやミツバチの行動に集団で働くロボット(群ロボット)設計原理のヒントが隠されているのではと考えるのは自然だろう。9章では,自己組織化研究と常に連携して発展してきた,群ロボットの研究史がロボット工学の専門家により生き生きと描かれている。この章は生物学の教科書としては異例に思えるかもしれないが,生物学者にとっても有益な示唆に満ちている。実際,ロボットを作るため構成論的方法でアリを分解再構築してみると,これまでの生物学では見落とされがちだったアリそのものに関する生物学的発見にもつながることもあるからだ。21世紀の生物学と工学にはこのような創造的連携が益々重要になるだろう。

目 次
1章 社会性昆虫における進化発生学(Evo-Devo)  (三浦 徹)
はじめに
1-1 エボデボ研究
1-2 ソシオゲノミクス
1-3 発生の可塑性を司る生理・発生機構
1-4 社会性ハチ目におけるEvo-Devo研究とソシオゲノミクス
1-5 カースト分化を決定する要因
おわりに

2章 ハチ目昆虫の性決定機構と非対称的遺伝様式の進化  (宮崎智史・東 正剛)
はじめに
2-1 単数倍数性と二倍体雄の発見
2-2 ハチ目昆虫における性決定機構のモデル
2-3 性決定の遺伝子カスケード
2-4 動物界における非対称的遺伝様式の進化要因
おわりに

3章 アリと化学生態学  (北條 賢・尾崎まみこ)
はじめに
3-1 アリのセミオケミカルとコミュニケーション
3-2 仲間識別と営巣形態の変遷
3-3 好蟻性昆虫の化学生態学
3-4 ニューロエコロジー(神経生態学)の新しい試み
おわりに

4章 ミツバチの社会性とその基盤となる機構  (佐々木正己・中村 純)
はじめに
4-1 カースト・システムとその制御要因
4-2 分業システムとその制御
4-3 翅と飛翔筋の多機能化
4-4 交尾飛行の生態
4-5 概日リズムに見る機能拡大
4-6 脳機能の発達とそのタイミング
4-7 ダンスによる資源情報伝達システムの評価の見直し
おわりに

5章 アブラムシの社会進化  (柴尾晴信)
はじめに
5-1 クローン生物における血縁選択と利他行動
5-2 社会性進化における遺伝的要因
5-3 社会性進化における生態的要因
5-4 カースト分化とその制御要因
5-5 分業とその制御要因
5-6 ケミカルコミュニケーション
おわりに

6章 シロアリの社会進化と性  (松浦健二)
はじめに
6-1 血縁度と遺伝的多様性のトレードオフ
6-2 シロアリの進化と血縁選択
6-3 真社会性昆虫の単為生殖
6-4 シロアリの単為生殖
6-5 シロアリの王と女王の利害対立
6-6 シロアリの単為生殖による女王位継承システム(AQS)
6-7 生活様式と女王の産卵能力
6-8 真社会性昆虫の王と女王の寿命にかかる選択
6-9 劣性有害遺伝子の排除メカニズム
6-10 アリとシロアリの使い分け単為生殖の比較
6-11 AQSの見つけ方
おわりに

7章 単年生社会性昆虫の世界 :  アシナガバチ・クロスズメバチ・マルハナバチを中心として  (土田浩治)
はじめに
7-1 血縁選択説と「対立」
7-2 性比をめぐる対立
7-3 雄生産をめぐる対立
7-4 女王とワーカーの分化
おわりに

8章 アリコロニーのシステム生物学 :  社会生理学・自己組織化研究の最近の動向  (土畑重人)
はじめに
8-1 社会生理学と自己組織化研究
8-2 コロニーシステムの特徴
8-3 採餌における動員システム
8-4 分業システム
おわりに

9章 社会性昆虫に学ぶ群ロボットシステム  (菅原 研)
はじめに
9-1 群ロボットシステム小史
9-2 群ロボットシステム:事例紹介
9-3 群ロボットシステムに必要な要素
9-4 群ロボットシステムの数理
9-5 生物の群れにならう最適化アルゴリズム
おわりに

引用文献
事項索引
生物名索引
学名索引

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