生物にとって自己組織化とは何か

―群れ形成のメカニズム―

S. Camzine et al. “Self-Organization in Biological Systems”
松本忠夫・三中信宏 共訳
A5判・上製・560頁
定価(本体6,800円+税)
ISBN978-4-905930-48-8 C3045
2009年4月1日

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日本語版への序文

 自己組織化と呼ばれる現象を目にすると,驚嘆を通り越してむしろ衝撃すら覚えます。きわめて複雑でかつ高度なつくりをもつ構造が,トップダウン的な影響をまったく受けずに,完全にボトムアップ的に生じるという学説は,一見すると私たちの直感とまったく相いれないように感じられるのも無理はありません。しかし,自己組織化は,森羅万象を見る私たちのものの見方を変えただけではありません。それは,いつでもどこでも生じ得るからこそ,生物学にとって無視できない重要な現象なのです。本書が革命的であるとしたら,その理由はまさにここにあります。
 自己組織化が直感的に信じられないのはなぜでしょうか。たいていの場合,私たちが初めて経験する組織化された構造とは,人間社会に見られる集団です。そして,そのような集団では,組織の大部分は階層的な構造をもっていて,しかもその構造を維持する情報や指令は大所高所に立つ指導者から下々の人間に向かって発せられています。本書での問題提起は,生物界を広く見渡すと,適応の観点から見たときに重要な意味をもつ高次のパターンは,集団のメンバーの間に働く純粋に局所的な相互作用によって生じるということです。自己組織化がもたらす利益の1つは,情報を得るのに最適な位置を占めているたいてい局所的に存在するエージェントであるということです。しかし,彼ら局所的エージェントはシステム全体を見渡しているわけではなく,また彼らが従事している作業が「大域的」なパターンのどの部分に貢献しているのかを知っているわけでもありません。
 自己組織化に関する理論的研究は,ベロウソフ−ジャボチンスキー (BZ) 反応に始まります (プレート1参照)。この有名な反応は,最初は誰もが疑ってかかりました。実際,BZ反応が発見されてからそれが発表されるまでには,何年もの年月が必要だったのです。BZ反応では,分子の混合物が互いに反応することによって,大域的パターンが時空的に形成されていきます (プレート1)。このBZ反応が確かに生じていることが受け入れられると,一人の先駆者がこの反応 (および関連する他の現象) に関する理論的研究を開始しました。その先駆者とは後年ノーベル化学賞を受賞した Ilya Prigogine でした。自己組織化についてのこれら先行研究が後に生物学に適用されるようになったのですが,そこでの真のパイオニアと呼べるのは Prigogine が指導した最後の大学院生 Jean-Louis Deneubourg でした。
 動物の社会に見られる自己組織化は見事なものです。そこでは,多くの局所的な相互関係を実際に目撃できるので,比較的容易に定量的な分析を実行することが可能です。さらに,アリやハチのような生物群では実験的な操作を行うこともできます。群全体をあるいはその一部分をばらばらにして,別の条件のもとで再び合体させるという操作ができるということです。これらの特徴をうまく活かした一連の実験と数理モデリングを行うことにより,説明仮説の仮定と予測をともに厳密にテストすることが可能になります。このようにして,採餌システムの構築や最短路の探索,軍隊アリの襲撃パターンの形成,そして群レベルでの同期化や温度調節,さらには建設行動の制御などさまざまな生物現象が自己組織化の観点から研究され,局所的な相互作用からどのようにして集団レベルのパターンが生じるのかがより詳しくわかってきました。
 自己組織化を踏まえたこのアプローチは,別の観点からの関心をも惹きつつあります。それは,自己組織化がある種のロボティクスとみなせるだろうという見解です。きわめて多くの自律的なロボットは,たとえ一つひとつのもつ情報獲得能力が局所的に限られていてしかも高性能ではないとしても,ロボット集団として見たときにある作業を遂行しています。このことは,伝統的なロボティクスの理論ではうまく説明できませんでした。なぜなら,これまでのロボティクスの理論は,すべての作業を各ロボットが完全に遂行できるという高性能かつ万能のロボットを前提としていたからです。
 本書の著者の一人として,この翻訳書を手にするすべての日本人読者のみなさんが,本書で述べた生物学の事例とそれを記述する数理モデルからインスピレーションを得ることを期待しています。そして,自己組織化という新しい,魅力ある,そして進展の著しい科学領域のおもしろさをぜひ分かち合いましょう。

                     Nigel R. Franks
                     ブリストル大学生物科学部教授

目 次

日本語版への序文
カラープレートの説明
カラープレート
プロローグ 本書の目的と意図

Part I 生物自己組織化の概論
   
1 自己組織化とは何か
自己組織化の定義
群れ活動におけるパターン
生物学における自己組織化
   
2 いかにして自己組織化が働くか
正のフィードバックと負のフィードバック
どのようにして生物は情報を獲得し,それに基づいて活動するか
正のフィードバック,スティグマジー,ゆらぎの増幅
要 約
Box 2.1 負のフィードバック,正のフィードバック,そしてゆらぎの増幅
    
3 自己組織化システムの特徴
自己組織化システムはダイナミックである
自己組織化システムは創発的特性を示す
パラメーターのチューニング
生物学的および物理学的パラメーター
自己組織化における創発的特性の意義
単純な規則,複雑なパターン —— パラドックスへの回答
Box 3.1 ベナール対流
Box 3.2 ロジスティック差分方程式の成長率パラメーターをチューニングする
Box 3.3 ドミノ倒し:パラメーターのチューニングの例として
    
4 自己組織化に代わる説明
秩序を生む別の道すじ
リーダー,青写真,レシピ,テンプレート
自己組織化に代案で説明できる生物例
自己組織化に関係するアイデア
要 約
    
5 なぜ,自己組織化か
自己組織化か,それ以外の手段か
要 約
    
6 自己組織化の研究
実験的な研究 
厳密なモデルの定式化
自己組織化されたシステムの特定のモデル
それぞれのモデルの長所と短所
Box 6.1 セル・オートマトンモデル —— その内容と実例
Box 6.2 StarLogo —— 分散化された過程をシミュレートするプログラム言語
    
7 自己組織化についての誤解

Part II 事例研究
       
8 粘菌とバクテリアにおけるパターン形成
単細胞生物におけるパターン形成
多細胞集合の適応的意義
自己組織化に代わる案
キイロタマホコリカビにおける集合の生物学的基盤
キイロタマホコリカビにおけるパターン形成のモデル化
cAMPへの応答としての細胞運動のモデ
Box 8.1 モデル方程式の導出
Box 8.2 キイロタマホコリカビにおけるcAMPラセン波のシミュレーション
    
9 穿孔性昆虫の摂餌集合
集合プロセスへの導入
キクイムシの幼虫による摂餌集合の適応的意義
エゾマツオオキクイムシの集合形成のモデル
シミュレーションの結果
モデルの検討
要 約
自己組織化パターン形成に代わる説明
外部の目印と自己組織化の間の相互関係
    
10 ホタルの同調発光
リズミカルな同調発光
同調的でリズミカルな発光の適応的意義
メカニズムに関する初期のいくつかの仮説
個体の発光の神経生理
連結した発振器に基づいたモデル
自己組織化過程としての発光同調化
Box 10.1 人間における同調化の実証
Box 10.2 他の生物に見られる時間的パターン

11 魚の群れ
群れの行動
魚の群れ行動の適応的意義
群れの中における個体の行動
群れ形成メカニズムを説明する対立仮説
自己組織化に基づく群れ形成のモデル
Box 11.1 魚の群れのシミュレーション
    
12 ミツバチによる蜜源の選択
コロニー・レベルでのパターン
個体レベルでのプロセス
採餌バチと未稼働バチ
採餌バチの資源分配における集合的な知恵のモデル
数式モデル
このモデルのテストと使用
    
13 アリにおける蟻道形成
野外での蟻道形成
実験室における蟻道形成
蟻道パターンの適応的意義
蟻道形成中の個々のアリの行動
動員を通しての集団的な意思決定のモデル
2つの食物源の良いほうを選択する
最短路の選択
結論:アリとミツバチにおける動員
Box 13.1 収穫アリにおける自己組織化された蟻道の巡回探索
    
14 軍隊アリの集団襲撃
はじめに
集団襲撃の集合構造
軍隊アリ襲撃の適応的意義
個体行動における基礎
軍隊アリの集団襲撃の自己組織化
このモデルの結果
ある批判
進化的意味
結 論
    
15 ミツバチにおける巣の温度調節
巨視的に見れば
微視的に見れば
観察は自己組織化説を支持している
温度調節の自己組織化モデル
このモデルについてのコメント
Box 15.1 ハインリッチの実験技術
    
16 ミツバチ・コロニーの巣板パターン
コロニーレベルのパターン
巣板パターンの適応的意義
パターン形成を説明する対立仮説
パターン形成の生物学的基盤
個々のミツバチの行動
自己組織化モデル
他のモデリングのアプローチ
セル・オートマトンモデル
微分方程式モデル
モデルの結果
わかったこと
システムの撹乱
将来に向けての課題
    
17 アリによる壁づくり
はじめに
Leptothorax属の巣の構造
巣壁の適応的機能
どのようにして巣壁は建設されるか
巣の大きさの制御
壁形成についての基本モデル
議 論
   
18 シロアリの塚づくり
はじめに
オオキノコシロアリの巣の構造
建設活動
自己組織化とテンプレート
モデルをつくる
増幅と競争
議 論
    
19 狩りバチ類における建設アルゴリズム
はじめに
狩りバチ類の巣の構造
巣のデザインの進化
巣の建設を説明する対立仮説
アシナガバチの建設活動の動態
個体の建設規則
格子−群れモデル
質的スティグマジー・モデルの検証
自己組織化に代わる対立仮説としての質的スティグマジー
    
20 アシナガバチ類における順位制
はじめに
社会的優位と繁殖的優位
順位の形成とその特徴
優位性を決定する要因
順位制の適応的意義
優位性モデルの目標
モデル1: 自己組織化
モデル1の結果
モデル1に対する批判
モデル2
両モデルに関する議論
モデル1の他動物への適用
結 論
Box 20.1 モデル1の仮定
Box 20.2 個体の認識を伴うモデル1
Box 20.3 モデル1のモンテカルロ・シミュレーション
Box 20.4 モデル2の仮定
Box 20.5 モデル2のモンテカルロ・シミュレーション
   
Part III 結 び
      
21 教訓と展望,そして自己組織化理論の将来
何が示されたのだろうか
何を学んできたのだろうか
なぜ自己組織化が重要なのだろうか
将来への展望

注 4
引用文献
訳者あとがき
人名索引
事項索引

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