坂上昭一の 昆虫比較社会学

新刊案内


山根爽一(茨城大学名誉教授 理学博士)
松村 雄(元農水省農業環境技術研究所昆虫分類研究室長 理学博士)
生方秀紀(北海道教育大学名誉教授 理学博士) 共編
A5判・上製本・354頁
定価 5,060円(本体4,600円+税)
ISBN 978-4-905930-88-4 C3045
発行 2022年4月30日
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ファーブルを超えて
 地球上における生物進化の歴史のなかで,ヒトは分業を伴う最も高度な社会を成立させた。それに対して,ミツバチやアリ,シロアリなどの昆虫では,女王とオス (シロアリではオスは王),そして多数の不妊のワーカーからなる階級・分業社会が進化した。このような昆虫における社会性や社会組織の進化過程を研究する学問分野が,20世紀の特に後半から目覚ましく発展した。
 岩田久二雄,常木勝次とともに,“日本のファーブル”と称された坂上昭一は,ハナバチ類の社会進化を軸とする幅広い研究で,1960~1990年代における日本の昆虫社会学を先導し,国際的にも高い評価を受けてきた。その研究手法は,透徹した問題意識のもとで,対象とする昆虫の個体や集団の行動を長時間にわたって詳細に観察し,その結果を他の多くの種や異なる分類群の結果と比較して,昆虫における社会進化の道筋を推定するものである。こうして得られた研究成果は学問的な流行に左右されることなく,没後四半世紀が経過した現在でも,関連分野の研究者による批判的参照に耐えうる深さと精度を維持している。
 この坂上流の昆虫社会研究法を分析・評価した評伝を書籍にまとめたものはこれまで存在しなかった。それを実現するために,編者は1970年代から現在にかけて,日本の昆虫社会学や進化生物学の第一線で活躍してきた研究者に,坂上をどう評価するかについての論考の寄稿を依頼した。各執筆者がそれぞれの視点で研究業績や観察手法から研究哲学にわたって,坂上という人物を描き出した評伝が,本書の骨格をなしている。
 加えて本書では,坂上の共同研究者や門下生が坂上から受けた研究指針やデータの収集・記録・分析・考察などに関わる提案・助言について,エピソードを交えながら回顧している。読者には,本書を通読することで,有形無形の坂上流昆虫社会観察法と研究哲学に親しんでいただけると思う。
 以下に本書の構成を簡単に紹介する。
 第1部では,研究者としての成長・発展を軸に坂上の生涯をたどるとともに,ハチ類についての研究を概観することによって,坂上のプロフィールが描き出される。第2部では,坂上のハチ類研究における貢献や社会進化理論との関わりが考察される。さらに,ポスト坂上世代の気鋭の進化生物学者らが,それぞれの観点から坂上の研究手法や研究哲学を分析・評価し,昆虫社会学や,より広く生物多様性学に関わる今後の研究の指針についても言及する。これにより,読者諸氏が“坂上学”とは何かを感じ取るとともに,自身の調査研究や観察についてヒントを得ることを期待する。
 第3部では,坂上とハチ類の研究を進めた共同研究者たちがその過程で坂上が発揮した洞察力・忍耐力・分析力,そして博識にまつわるエピソードを披露し,その研究の展開を振り返る。最後の第4部では,ハチ,アリ,鳥,アブ,ブユ,チョウ,コオロギ,トンボ,トビムシ,ザトウムシなど,多様な動物の生態や社会の解明に挑んだ弟弟子・孫弟子を含む15人の門下生が,坂上の具体的な指導のエピソードとその下でいかに研究者として成長したかを回想する。第3部,第4部を通して,読者は坂上の研究に対する姿勢を具体的にイメージし,坂上学の後継者たちがどのように育ったかを知るとともに,さまざまなエピソードを通じて坂上の人物像に触れることもできる。このほか,本文中の挿図,写真,表から,読者は坂上の独創的な研究スタイルとその徹底ぶりをうかがうことができよう。巻末には坂上の全著作リストを添えたので,坂上について調べる際の資料集としても利用できる (本文中で坂上業績を引用する場合は,上付きの番号で示す)。
 本書は,昆虫をはじめとしたさまざまな動物の社会性,社会組織・社会行動などに関心をもつ研究者,大学院生,学生はもちろんのこと,広く昆虫やその生き様に興味をもつナチュラリストや中高生にも読んでいただければと思う。本書を読むことで,昆虫社会や動物たちの生活への理解が深まり,さらには生物多様性にはこのような内実があったのだという認識が,多くの人々に共有されることを期待したい。
  2022年1月
                                編 者
  
目 次
第1部 坂上昭一の生涯と研究業績
1 坂上昭一の生涯と研究遍歴  (生方 秀紀)
2 ハチ類についての坂上昭一の研究業績  (山根 爽一)
第2部 進化生物学者から見た坂上昭一
3 ハチ類に関する坂上昭一の学問的功績  (山根 爽一)
4 ラビリンスの王とドンキホーテ  (辻 和希)
5 坂上昭一・岩田久二雄という時代のエートス  (松浦 健二)
6 分類学者としての坂上昭一  (山根 正気)
7 北大のナチュラリスト1970年代  (青木 重幸)
8 ダニ,ハチそしてヒトの社会  (齋藤 裕)
9 アリの共生者を研究して  (丸山 宗利)
10 坂上昭一とファーブル ― 継承から飛躍へ  (生方 秀紀)
第3部 共同研究者と坂上昭一
11 ツヤハナバチに社会性はあるのか? その発見の経緯  (前田 泰生)
12 ハチ学の鬼との共同研究  (郷右近 勝夫)
13 マルハナバチが結び付けてくれた坂上先生とのご縁  (片山 栄助)
14 スマトラでの共同研究と坂上昭一  (山根 爽一)
15 野生ハナバチの地域群集を解明する  (松村 雄)
16 この豊富なハナバチ相はどう変わっていくだろう  (滝 久智)
 コラム1 メモを取るか写真を撮るか ― 坂上先生と私  (栗林 慧)
第4部 門下生から見た人間坂上昭一
17 坂上昭一の研究指導歴と門弟列伝  (生方 秀紀)
18 坂上昭一さんを想う  (正木 進三)
19 緻密な観察に学び,狩りバチの社会進化を追う  (山根 爽一)
20 アブハチ師弟交流録  (松村 雄)
21 多女王・多巣制研究へのガイダンス  (山内 克典)
22 先見の明,スーパーコロニー研究  (東 正剛)
23 若手学徒へのあたたかな眼差し  (伊藤 文紀)
24 指導は時空を超えて  (市瀬 克也)
25 坂上さん  (正富 宏之)
26 スーパー論文指導術“坂上マジック”  (北川 珠樹)
27 あの一言に感謝  (田村 浩志)
28 坂上先生の錬金術  (稲岡 徹)
29 何を観察してもいいのだ ― 動き回る虫たちへの尽きない興味  (岡澤 孝雄)
30 元物理少年の坂上道場入門とその後  (生方 秀紀)
31 フィールドワークの徹底  (山本 道也)
32 坂上先生とクマムシ,そして昆虫以外の節足動物  (鶴崎 展巨)
 コラム2 シオカワコハナバチとの出会い  (塩川 信)
 コラム3 ミツバチ研究で師に挑んだ男,大谷 剛  (生方 秀紀)
 コラム4 神経行動学者小西正一の修業時代と坂上昭一  (生方 秀紀)
坂上昭一業績目録
あとがき
事項索引
生物名索引
人名索引

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